ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏の著書を読み、感動したヵ所。

ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州氏の著書は読み返すたびに何らかの発見がある。ワールドメイトでの講義や深見東州氏の著書を読み感動したヵ所をまとめていったところある程度の量になった。情報量が増えてくると検索によるメリットがでてくるので、現在は、ブログ内のキーワード検索で、著書によって異なる解説の角度を読み比べている。ここでは、ワールドメイトと著書のカテゴリを整理してブログの先頭に設置した。(このエントリーは、投稿日時を未来にして使用)

ワールドメイトのカテゴリ

● ワールドメイト

著書のカテゴリ

● 神仏のことがわかる本
● 大除霊
● 入門 先祖供養
● 戸渡阿見詩集
● 究極の運命論
● 信仰の道
● 恋の守護霊
● 強運
● 大天運
● 絶対運
● 大金運
● 神社で奇跡の開運


さて、「ワールドメイトと深見東州、5つの特徴」がワールドメイト公式HPに記載されている。
深見東州氏について、またワールドメイトとはどのような団体なのかをまとめると次のようになる。全文はワールドメイト公式HPをご覧いただくことをお勧めする。

  1. ワールドメイトも、深見東州氏も、聖と俗を区別し共存させている

  2. 聖と俗を区別し、共存させるあり方は、日本古来の神道が育んだ伝統である。ワールドメイトの代表役員の深見東州(半田晴久)氏も、この伝統を学び、聖と俗を区別して共存させている。宗教家であり、別に生業を持ち、ビジネスマンとして、多くの会社を経営してる。しかし、経営には、一切宗教的な要素は持ち込んでいない。強いて言えば、フィランソロピーや、企業メセナを推進する所は、宗教的な要素と言えるだろう。
    深見東州(半田晴久)氏は、たちばな出版やミスズなど、自ら代表を務める会社を、日本でも海外でも経営している。しかし、ワールドメイトは、それらの会社と全く資本関係がなく、株も所有していない。ワールドメイトも、聖と俗を区別し、また、その代表である深見東州(半田晴久)氏も、聖と俗を明確に区別し共存させている。

  3. ワールドメイトは神道に基づいた、反社会性のない団体

  4. 神道は社会が栄え、家が栄え、生活が栄えることを祈る。すなわち、コミュニティーや現実の繁栄を大切にする。ワールドメイトも、この神道の価値感やあり方に則り、社会性を大切にしている。日弁連は、「宗教的活動にかかわる、人権侵害についての判断基準」(13細目)を作成し、違法行為になりかねない宗教的活動について、警鐘を鳴らしている。しかし、これらの基準の1つ1つに照らしても、ワールドメイトは1項目も該当しない。

  5. ワールドメイトは教勢と教線の拡大を第一としない

  6. ワールドメイトは、組織拡充や信者獲得のために存在するのではない。何よりも、目に見えない神心や恵み、道を広める事を大切にする。すなわち、形ある宗教を広めるより、その奥にある、無形の真実である普遍的な宗教性を、世に広めることを大事にしている。普遍的宗教性とは、人類愛であり、人道的なあり方であり、社会に対する誠実な対応である。それが、ワールドメイトの次の3つのスローガンである。
    「宗教団体としての弱者救済の立場に立った、慈悲慈愛の実行」
    「人道的見地に立った、会員や社会への対応」
    「社会良識に基づく、誠実な対応」

  7. ワールドメイトには時代を超えた普遍性がある

  8. 時代を超えた、普遍的な宗教性を貫くことは、旧態依然とした活動を続けることではない。社会が変容してる以上、その時代の、社会に即した救済方法が必要である。それは、旧時代から見れば、異端や革新的に見えるものだ。ワールドメイトの活動は、どこよりも斬新で、現代的である一方、その中には普遍的な宗教性と、神心が息づいている。そして、あらゆる誤解を乗り越えて、法的にも財務的にも、社会的にも信頼に足りる、立派な宗教団体をめざしている。
    ワールドメイトは、狭き門をくぐり、平成24年に文化庁を窓口として、文部科学大臣所轄の、宗教法人として認証された。何年もかけて、あらゆる角度から厳しいチェックを受けた。しかし、おかげで宗教団体としての、ワールドメイトの健全さや、公益性や公共性が立証された。

  9. 公共性、公益性、一般性のあるワールドメイトの活動

  10. ワールドメイトの代表役員の深見東州(半田晴久)氏は、現在、在福岡カンボジア名誉領事を務め、福岡に名誉領事館を開いている。外国の名誉領事の拝命は、相手国の政府要請を受け、日本の外務省による、詳細な身上調査が行われる。公安も、厳しくチェックする。そして、名誉領事として認める、「口上書」を外務省が発行し、初めて名誉領事に就任できる。いかがわしい人物であったり、またワールドメイトが反社会的な団体ならば、そもそも名誉領事の話が来ることはない。
    また、ワールドメイトの代表役員の深見東州(半田晴久)氏は現在、カンボジア王国において、首相顧問と政府顧問を務めている。政府顧問としては、首相、副首相に次ぐ、「上級大臣」に就いている。日本人の上級大臣は、カンボジア史上、深見東州(半田晴久)氏ただ1人である。教育、医療、福祉、メディアなど、多方面にわたり、カンボジアの救済に尽力してきた、20年近い信用あってのことである。それでも、一国の上級大臣に、外国人を抜擢する際、身上調査がないはずはない。深見東州(半田晴久)氏の思想や行動、宗教的背景に、問題無いことが確認され、裏付けられたものと言える。

# by 2nike | 2016-12-31 23:59 | ワールドメイト

ウィリアム王子をパトロンとするTuskとISPSハンダがパートナーシップ - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


夕刊フジに掲載された記事によると、22日、東京都新宿区のパークハイアット東京で、TuskとISPSハンダのパートナーシップによる「タイム・フォー・チェンジ」のレセプションが開かれた。

Tuskは、英国のウィリアム王子をパトロンとする慈善団体で、アフリカの野生動物の保護などの活動を行っている。ISPSハンダは、スポーツ振興団体で、南アフリカのサッカーチームのスポンサー活動を通じて野生動物保護についてTuskと理念を共有し、世界規模の協力が不可欠として、世界に賛同を求めるためにレセプションを開いた。
e0163127_18461237.jpg

9月25日夕刊フジ



以下は、ISPS Handaさんのツイート、リツイート
















ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-09-24 18:58 | 半田晴久

善も悪もすべてこれ神のうち - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


深見東州氏が痛烈に悟ったと書かれている、「陰と陽とは太極の用であり、姿である。陰なき陽はなく、陽なき陰はないのであって、それらはすべて主神である太極の動く時の二面であるのだ。」を読むと、ワールドメイトの神事で、「素晴らしい神様が降臨されるときは、大きな魔もやってくる」といわれてたことが思い浮かぶ。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

●悪とは善に相応するもの

昔からなぜ神様はこのように悪というものを地上からなくさないのか。なぜ悪はあるのか。悪とはそもそも何なのか。などと真剣に考えていたが、なかなか解答が得られなかった。そして、「老子」や「易経」と巡り合い、これを学ぶことによって初めて神霊界の生成発展の理を知って、すべてが氷解したのである。

悪とは善に相対するものであり、陰と陽の関係であること。ゆえに絶対の善も絶対の悪もなく、ひとつの事柄は、ある面で見れば善であるが、ある面で見れば悪になり、その逆もまたあり得るということ。

だから、絶対者の絶対次元を信仰して、柔軟に善悪を考えて、自分の知覚する最善の善を謙虚になすしかないこと。そして、もし腹が立って、すべての悪をなくそうとするならば、善をなくすしかないこと。それは、「老子」の「長があるから短があり、強があるから弱があり、美があるから醜があり・・・・・・」でもわかる。そもそも、陰と陽とは太極の用であり、姿である。陰なき陽はなく、陽なき陰はないのであって、それらはすべて主神である太極の動く時の二面であるのだ。こういうことを痛烈に悟ったのである。




●御魂の進歩発展のためには、前向きに精進、努力する

たとえば、生が陽で死が陰、生が善で死が悪とすれば、人間は善ばかりであるべきだ、と神様にうそぶいていた私は、人間は死ななくて生のみあるべきだと、頑固に神様に願っていたようなものだった。善悪を超えたところに主神があり、宇宙の主神がひとたび動けば、必ず善と悪とになるということなのである。

「善も悪もすべてこれ神のうち」ということを深く悟り知って初めて、悪に対する慈しみも湧き、善であることに対する小さな誇りの心もぬぐうことができた。善悪の形をとる以前の主神に自分の霊体を安居させることができるという境地を、禅では「本来無一物。無一物中、無尽蔵」といったりもする。分別、善悪を超えて、すべてを大善に生かすことができるという、内的覚醒のレベルを表す言葉である。

万物創造の主神が、なぜ悪霊をそのままにさせる自由をお与えになっているかといえば、善霊の進歩発展のためなのである。なるほど、霊界では善霊は善霊たちのみが集まり、悪霊は悪霊のみが集まる。だから、善霊の集まる天国はどこを見ても善霊ばかり、幸せの極致なのだ。

だが、善霊のみが集まって幸せな所とは、残念ながら魂が磨かれて進歩発展することはあまりない。人間が悪霊のウヨウヨするこの世に生まれてきたのは、すべてこの御魂の進歩発展のためなのである。だから、文句をいわず、前向きに精進、努力するしかない。御魂が進歩向上した分だけしか神なるものを自得できず、自得した分だけしか世のためにも神様のためにも役立つことはできないのであるからだ。






ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-09-21 22:25 | 神社で奇跡の開運

日本の神様は大らかでユーモアに満ちている - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「阿弥(あみ)」という生き方は、室町期の日本型ルネッサンスの中核を担い、日本の伝統芸術をつくり、日本型の美意識を完成させた。日本文化や芸術、生き様を語るうえでは欠かすことのできないものなので、深見東州氏はワールドメイトだけでなくサミットや芸術の講演などで、このことをいろいろな角度からお話しをされる。氏が自らのペンネーム「戸渡阿見」に使っていることからも、とても大事にされていることが分かる。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。
●日本神話に見る日本の神様のキャラクター

ギリシア神話と日本神話を比べてみたら、いかに日本の神様が大らかであり、ユーモアに満ちているかがおわかりになるだろう。ギリシア神話では、女神様も嫉妬深く、我が強く、私情と私心に満ちている。男神は、すぐにバケ物に変えられるので、緊張した毎日を送っておられる。情け容赦のない制裁と快楽をむさぼるわがままが許される世界である。

是と非をはっきりさせて、善を擁護し悪を徹底的に裁く、中途半端で曖昧なものは認めない。極端な博愛主義か虚無主義か、しからずんば権力と欲望を満たさんがための闘争のいずれかの道をいく、というものである。

一般にはこのほうがわかり易く弘まり易いという長所もあるが、「間」とか「あや」とかの、是非善悪以前の世界の存在がなく、全体として息苦しい文化、はっきりとして精緻ではあるが、虚虚玄玄たる情緒の奥の深まりの乏しい文化となっている。

日本文化には「阿弥(あみ)」という生き方がある。これは、俗人と出家者との中間的な人生を送る人のことをいう。この言葉の由来はこうだ。「南無阿弥陀仏」という言葉があるが、「南無」は帰依するという意味だから俗人を表す。「陀仏」は仏様という意味だから「出家」を表す。そして、その中間に位置するのが「阿弥」というわけである。

この「阿弥」によって、日本の伝統芸術ができあがったといっても過言ではない。能や茶や書や絵画の芸術を通して、禅的な悟りを得たり、自己の人間性や魂を磨き完成させようとする、きわめて宗教的な意義を持つものであった。



●辛抱強くて人が良い日本の神様

日本の芸術には、「華道」「茶道」「書道」、能は「芸道」と表すというふうに、「道」という言葉がつくのが普通である。

武術でも「剣道」「柔道」「弓道」「合気道」というふうに「道」という言葉がつく。ここで言う「道」とは禅でいうところの「見性」(霊覚の悟りを開く)に至るまでのプロセスを経て、芸を通して芸を離れ、道をめざして道を離れ、ついに主一無適の人間としての最高の神性を発揮するまでをめざすという意味である。もっと簡単にいい換えるならば、心を練り、それを鍛え、魂を向上させて天地自然の大道に帰一するまで、本来の自己の霊性を全人格的に高めるという日々を、精一に送るというプロセスのことである。これらは皆、「阿弥」が日々にめざし、歩み来た「道」というものなのであった。

善と悪、是と非は知性や倫理の部分であり、「間」と「呼吸」は、心を静と動や、進や退に調整する「中」の空間である。知性に心の「間」があって初めて、叱るべき時と放任すべき時の調整ができ、善と悪、是と非も、大善のために臨機応変の使いこなしができるのである。これがあって初めて、悪によって善を導き、非によって是を促すという、複雑な行政手腕や自在性が発揮されるのである。観世音菩薩とは、これらの上にいませる仏様なのである。






ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-09-16 16:36 | 神社で奇跡の開運

日本の山岳とは、神域と宇宙神界とのパイプ口であり、高級霊たちが住まい集う - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


先日エントリーした、
国家とか民族の才能は、神界との深いつながりをもっている - ワールドメイトの備忘録の「神社で奇跡の開運」に書かれている日本の神界の特徴の第五、「宇宙空間に点在する重要な神界との窓口となっていること。」についてもう少し詳細にみてみると、
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。


皆様も役小角という名をご存じのことと思う。奈良時代に山岳信仰の基を開かれた方である。大峯山を開き、日本の六十余州の神山、霊山を開かれて、神と人とが一体となる道法を開かれた方である。この人の足跡を追って、山岳に苦修練行の修道をされたのが行基である。東大寺大仏を開眼し、因果の法則を説いて人々を教導した行基とは、「日本霊異記(にほんりょういき)」においては第一の聖者として扱われている人物である。そして、この人の後を追って同じように苦修練行の道を歩んだのが、空海であった。空海が、まだ唐に渡る前の頃、即ち恵果からの真言宗の八祖の印可を授かる以前の話である。

この三者によって、日本の山岳信仰の基礎が築かれたといっていい。

さて、このすべての基を作った役小角とは、一体何者だったのであろうか。

実は、霊界から行基を導き空海を導いたのも、役小角なのである。神使たらんとする発願もさることながら、彼が生前にたてた神功(神様から見たおてがら)と霊的覚者たる資質とから、神使として任じられているのである。

その神功とは、「日本国六十余州に太古から坐すご神霊を出だし、わが国の国体と風土に、宇宙にある神霊界と直結する神霊磁場、及びそのパイプを確固としたものにされた」ことである。それで、日本国に神国としての霊運が強化されて備わり、文明化された外国との交渉の中で、わが国の民族と文化と国史に、大いなる神霊界のご加護が授かるという布石が打たれたのであった。

不思議で神秘なキャラクターと歴史を持つ日本という国は、こういう霊的な加護を授かりながら、政治も経済も文化も学問も、ブランデーの原酒が醸造され、時とともに熟成されてゆくように、ゆっくりと独自なものを培ってきたのである。そして役小角は大海皇子、即ち天武天皇にこのことを知らせ、「古事記」の編纂なども促している。

天武天皇とその妃持統天皇が、何度も吉野へと参詣していた理由はこれである。

天皇が自覚して初めて国が動き、六十余州の神々が動かれることを役小角は知っていたのである。

ところで、実際をいえば役小角が直接開かれたのは三十一州であり、その他は、霊身となった役小角が、天意に合う若者を選んで導かれたのである。白山を開かれた泰澄上人(たいちょうしょうにん)、日光を開かれた勝道上人などがその例である。このように、日本の山岳とは、単なる山岳ではなく、神域と宇宙神界とのパイプ口となっているのであり、高級霊たちが住まい集う中継地点ともなっているのである。これが、宇宙空間に点在する重要な神界との窓口となっているという意味だ。

むろん、最重要神界とのパイプ口は、日本の山岳地帯に下りているのであるが、カナダ、スイス、中国、ヒマラヤ、インドなどには、それぞれ個別の役割をもった宇宙神界とのパイプ口があり、これらが連動して世界情勢を動かしているのである。

最後に、一言だけ言っておかねばならない。役小角が開いた山岳信仰の原点の発想は、太鼓にあった道であり、彼はそれを復活させただけなのである。そして、山岳信仰の基本となる所は、現在も同じである。ただ、昨今はお陰ほしさの人や、行者、霊能者、修験者達の自縛霊達がうようよしている為、昔の神域からは本当の高級神霊はお帰りになっていることも多い。

宇宙神界とのパイプ口も、今やズタズタに切れてしまっているといえよう。

そこで、新しい時代に先がけて、新たなる神域とパイプ口が下ろされているのが現状なのである。




日本の山岳信仰の基礎を築かれた役小角、行基、空海の画像をwikiからお借りすると。

e0163127_19191751.jpg

役小角
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0d/Goryu_Sonryuin_06.jpg


e0163127_19193748.jpg

行基
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8d/Gyouki_1.jpg

e0163127_19195835.jpg

空海
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/98/Kobo_Daishi_%28Taisanji_Matsuyama%29.jpg




ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-09-09 19:26 | 神社で奇跡の開運

国家とか民族の才能は、神界との深いつながりをもっている - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「神社で奇跡の開運」には、神界のことが詳しく書かれている。世界にある神界の構造図も記載されているので、興味のある方はご覧になるとよいだろう。神界についてまとめると次のようになる。

・星は、三層構造になっており、どの星にも神界、霊界、現実界がある。
・もちろん地球にも神界、霊界、現実界がある。
・世界には、日本神界、アメリカ神界、(旧)ソ連神界、中国神界、ヨーロッパ神界、オーストラリア神界、中近東神界、インド神界などがある。
・本当の神界は日本だけであり、宇宙にある一番奥深い神界からのパイプが日本に降りている。





以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

●才能豊かな人は神界とのつながりが深い

星が三層構造になっており、どの星にも神界、霊界、現実界がある。地球もその星の一つであり、当然のことながら神界があるわけだが、その神界にはいくつものランクと種類があり、各々の星の神界と深いつながりを持っている。

そして、日本には日本の独自の神界がある。実はその個別の神界におられる神様のあり方や個性や働きによって、その国の風土と国柄が決定されているのだ。

ところで、私たちの国民性や歴史や伝統、また、風土や地理的条件なども、すべてはここから発して形成され、特徴づけられていると考えてよい。創造、クリエイティブな感覚、芸術、感動といった人間の魂そのものの発露といえる営みは、ことごとく神界に属するものである。だから才能とは、結局のところ内在し外在もする神界からやってくるものなのだ。

そして、国家とか民族の才能も、神界との深いつながりをもっているのである。一般に西洋の感覚と日本の感覚との違い、また、文明文化の成り立ちや風俗習慣の違いは、その国の風土や歴史がもたらしたものだと考えられている。確かに、現実界のみの目から見ればその通りだ。しかし、現実界を動かしている、目には見えないが確かに実在している神界というものの働きと意義を知れば、もっと別な角度ですべてが見えてくる。




●宇宙にある神界からのパイプが日本へ

日本の神界の特徴とは、
第一に、縦に長くて最奥天界までつながっていること。
第二に、気のめぐり方がスパイラル曲線のようになっていて、ボルトの雄ねじのようにギュッと凝結させる、締まりと回転作用があること。
第三に、あらゆる国の神界の要素を組み入れて、調和させるゆとりと吸収力があること。第四に、神界を形成している気の種類が柔らかくて繊細であり、多種多様の変化があること。
第五に、宇宙空間に点在する重要な神界との窓口となっていること。
第六に、死んだ文明、文化、芸術、科学などに生命力を与え、蘇らせたり、再活性化させたりする。

だが、これら六つの特色と反対に欠点もある。絶対的なつぶの大きさが足りない、横への広がりがない、柔らかすぎて外へ出る時の節目の固さがなく腰折れ気味になること。

第一について。世界中に神界があるが、本当の神界というのは日本だけなのである。

宇宙にある一番奥深い神界からのパイプが、日本に降りているわけだ。

だから、芸術でも、科学でも、宗教でも、鑑賞力や咀嚼力の奥深さでは、日本神界に身を置く日本人はその気にさえなれば世界一のレベルになれるはずなのである。





ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-09-07 21:27 | 神社で奇跡の開運

鏡を見て自霊拝をし、神人合一を願う - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


本文では、自霊拝について、植松愛子先生がおっしゃったことが載っていたので、過去のエントリーを調べてみたところ、次のお言葉がありました。

神人合一の道を目指す五大項目
神人合一の道を目指す、レベルの高い祈願をするためにはどういう基準が必要か。私の師である植松愛子先生が明らかにした五大項目がある。
①信仰心
②愛念
③秩序
④調和
⑤平和の心
の五項目である。

目前のどんなことにでも没我没入することこそが、挫折・悩みからすみやかに立ち直る最大の近道。
わが師・植松愛子先生は次のように説く。
「いろいろな念を消し無になることによって、新しいエネルギー、新しい智恵を得られるというならそれはそれで結構・・・・・・でも、無心になるまで一体どれだけ坐禅を組んでいなければならないのだろうか。それよりもいま目前のできることをしたほうがいい。ただ今、ただ今のこの一瞬に生きることをせよ」と。

運命改革方法論序説 --- 天命・宿命・運命について
植松愛子先生はスの神様に、「人間は幸せになる義務がある。それがス神の心であり、人の天命である」と示された。


以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

●神社の鏡が教えていること

神の意志に沿った人間とは、御魂が球形で円満に輝く人間だ、ともいえる。そうならなければならないと、神様はいつもわれわれに教えてくれている。

神社にご神体として祀られている鏡の意味するものは、実はこのことなのである。鏡の如くならんとすることを目指してなす修業を、神道では自霊拝(じれいはい)という。最初は六角形の鏡に映る自分を見て、癖や偏りを直す。角があるところが、修業を始めようとする自分にそっくりなのだ。

次に八角形の鏡(八咫の鏡という)を見て自分を反省する。まだまだ角がある。そして最後に太陽を思わせる丸い真澄の鏡に自分を映して、自らの霊を拝み省みるという手順になっている。

鏡に自分を映して拝むことを自霊拝といい、自分の中のご神霊を拝むのである。祈願とは、自分の霊に対してもできるわけだ。自霊に対して、祈るように祈るように強い自覚を促すというほうが適切な表現かもしれない。




●カガミから”ガ”を取る修業で誰でも神様になれる

思えば、神社の鏡は数千年に渡って私たちにそのことを教えているのだが、誰も気がついていないのだ。ますます神様と人との間に距離ができて、人間となってしまったのである。古代、神人合一といって神様とはひとつに結びついていた。そして、もっと前は、人が神の如くであったのだ。大和言葉(古代からの日本の言葉)ではヒト(霊止(ひと))といった。神様の霊がとどまっているという意味である。

それが時代が下がるにつれて、現実界の観念や欲望にばかり目を向けるようになり、人が神様から離れてしまった。神社の鏡はそれではいけないと、本来のヒトへ帰る道を無言のうちに教えているわけだ。

このことを言霊分析にて恩師植松愛子女史はこうおっしゃっている。
「カガミという言葉から、ガを取ればどうなりますか。カミという言霊になるでしょう。自分というものをよく鏡に映して、ガを取る修業をすれば、誰でも神様になれるということです。神人合一の秘訣を、神様がこうして無言の内に教えておられるのです」と。


神社のご神体である鏡に、深々と頭を下げてふと見上げてみたら、自分の姿が映っている。まさに、「ご神体とは、お前自身のことなんだ」ということを教えているのである。これを、神様による無言の禅公案なのだと受けとめたいものだ。

そうなるために、祈願をして神様と交流、感応し合い、鏡を見ては自霊拝をし、神人合一できるような自分作りに励みたい。かといって、神職や神のご意思を取り次ぐ神霊家になるのでなければ、若いうちから澄み切ることばかりに専念することはお勧めできない。一般の方々には、むしろ、神様の義に対して心澄み切り、人に対する仁に対して心澄み切り、一切を燃ゆる誠でつき進むという道に対して心澄み切るべきだろう。






ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-09-03 17:33 | 神社で奇跡の開運

宗像大社(2)言葉と弁才の神で組織を開運させる - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


本文中に、「出光興産の創業者、故出光佐三氏は、宗像大社を深く崇敬したことで知られる」とある出光佐三氏は、百田尚樹の著作「海賊とよばれた男」の主人公モデルとしても有名である。

主人公が、敗戦から立ち上がり、ひとりの社員も解雇することなく、GHQ、メジャーと呼ばれるアメリカの石油資本、大英帝国とたたかう姿は、宗像大社のご神徳の賜物であると想像しつつこの本を読んでみるのもいいかもしれない。



以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

●人、物、金を結集させることが宗像大社本来の役割

そもそも、宗像三神とは切り離して崇敬するものではなく、住吉大神のように三神で一神の働きが成る神である。私が神霊からお聴きした話なのだが、この形式は猿田彦命が古代人に与えた叡智であるとのことだ。

ところで、宗像大社は古代海人(あま)族が海神として崇敬したことで知られるが、同時に大陸文化の中継基地や前線基地として、国の護りを為す社としての性格を持ち、朝廷から厚く保護されていた。官幣大社、式内社という旧社格がそれを証明しているが、出土品のレベルを見ても、古代天皇が日本国の運命をかけて熱烈に祈願し、篤く崇敬していたことがうかがえる。

一方、言霊から解釈すれば、宗像の宗は「旨(むね)」とする方向に人々を導くという意味がある。「宗形、胸形、胸肩」などと言われているが、私がご祭神から聴いたのは「旨方、胸方、宗方」が本当であり、天皇の御胸にある旨を宗として、そのお思いになる方向に人、物、金を結集する神こそが、宗像の神の本来の役割だったのである。善き心で思っていることが、組織やグループの末端に行き渡らないことを嘆いている人は、是非、真剣で熱烈なるご祈願をここになされることを薦める。




●「言霊の剣」を自由自在に使いこなす

ところで、宗像大社を深く崇敬したことで知られるのは、出光興産の創業者、故出光佐三氏である。

あの出光興産を民族系石油会社の雄として、また日本有数の石油会社として今日まで育てたプロセスには、この宗像大社のご神徳が大いに輝いていたはずである。

また、三女神の母体である剣は、強い意志力と権力の威信を象徴するものである。さらに、剣は物を切るものだが、切れば切るほど数が増加するという点から、数魂(かずたま)を表し、三女神が経済の運用を示す神であることも物語っている。また「言霊(ことだま)の剣」の意味もある。

人を生かすも殺すも言葉次第というが、この言霊の剣を自由自在に使いこなすことが、人、物、金を集めて動かし、立身出世、名声成就へと導く真(まことの)弁才天の神徳を表すものだといえよう。仏教における立身、出世、名声の仏である弁才天の本地は、この宗像の三女神なのである。

とにかく、世界の政情を見ても武力の前に言葉ありきである。また、国内では既に戦争はないが、経済の戦いがあり、人間同士のやりとりの妙が勝負となる時代である。そのことから、宗像大社は住吉大神とは趣の異なる言葉の神、弁才の神ということがいえる。

このように、さまざまなご神徳、ご利益があるところから、宗像大社は九州第二の神徳と霊力を持つ神社だと断言できるのである。






ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-08-31 22:39 | 神社で奇跡の開運

「異能の人・深見東州の履歴書」連載第15回は、ドミンゴとの共演 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第15回(2016年6月)は、第4回東京国際コンサートでのプラシド・ドミンゴとの共演についての内容。

深見東州氏は、平成27年6月、世界3大テノール歌手の1人、ホセ・カレーラスとの歴史的共演で、日本中を驚かせたが、それだけでは終らなかった。平成27年8月26日、「第4回東京国際コンサート プラシド・ドミンゴと、深見東州となかまたち」で、もう1人の世界3大テノール歌手、ドミンゴとの共演を東京国際フォーラムで実現させ、真夏の夜を揺るがす快挙を果たした。

先日も「第5回東京国際コンサート」が新国立劇場オペラパレスで行われ、ディーバこと、世界のソプラノ歌手アンジェラ・ゲオルギュー氏と深見東州氏の共演が行われたばかりだが、深見東州氏の人脈の広さ深さには驚くばかりである。






衝撃的なドミンゴとの共演から、もう1年近くたってしまったが、この記事で、深見東州氏の歌唱に対する考え方と、プラシド・ドミンゴとの出会いについて書かれたカ所があるので引用してみたい。


オペラ歌手深見氏は、歌曲、ジャズ、歌謡曲、アリアと、どんな歌も歌うが、どれも自身が工夫した独自の歌い方をして、聴く人を感動させる。
「(評論家が言うように)”歌曲は軽くアリアはドラマチックに歌う”という規則は、どこにもありません。だから、いままでになかった歌曲の歌唱を工夫することが、すぐれた芸術家としての、オペラ歌手のあり方です」と、深見氏は歌唱について述べている。


巨星プラシド・ドミンゴと深見東州の出会いは、どこであったのだろうか。
「実は、私の声楽の師であり世界五大バリトンの一人だった、グレゴリー・ユーリシッチは、プラシド・ドミンゴの親友で何度もオペラで共演したのです。ドミンゴが”オテロ”を歌う時の、最も優れた”イヤーゴ”でした。そして、”私の最も好きなバリトン”と言って、ドミンゴは讃えました。だから、私はグレッグ(グレゴリー)から、プラシド・ドミンゴがいかに素晴らしいか、いつも聞いていたのです。その縁で、グレッグと私が、西オーストラリアの州都パースに、若手オペラ歌手を育成する”オーストラリアン・オペラ・スタジオ”を設立した時、プラシド・ドミンゴがそのパトロンに就任して下さいました」と言う。
そうしたドミンゴとの信頼関係で結ばれた縁で、深見氏はこのコンサートで、ドミンゴと共演し歌えることに感謝の念を持って臨んだ。



e0163127_2055854.jpg



ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-08-19 20:58 | 異能の人・深見東州の履歴書

「第5回東京国際コンサート」スポーツ新聞等5紙の事後記事より - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


2016年7月27日(水) に、世界芸術文化振興協会と東京芸術財団の共催による「第5回東京国際コンサート」が新国立劇場オペラパレスで行われた。ディーバ(歌の女神)こと、世界のソプラノ歌手アンジェラ・ゲオルギュー(ルーマニア)と深見東州氏の共演は、最後のアンコールで実現した。深見東州氏とゲオルギューのデュエットについて、それぞれの紙面から拾ってみた。



8/2 スポーツニッポン

この時間がいつまでも続けば、どんなに素敵なことだろう。2大スターの共演に、オペラの聖地が揺れた。開演から約2時間・・・。アンコールでようやく実現した深見とゲオルギューのデュエット。期待が高まり、息をのむ聴衆に披露された曲は、有名なメリーウィドーの「とざした唇に」だった。
深見の伸びのあるしなやかな声とゲオルギューの美声が重なると、客席は恍惚(こうこつ)の世界へと誘われた。間奏では、息の合ったダンスも披露し、曲を終えると割れるような拍手が送られた。
ラストの「勿忘草(わすれなぐさ)」を歌い上げると、観客席からは大きな拍手とスタンディングオベーション。2人は抱き合って喜び合い、深見も得意のパントマイムで応えた。鳴りやまないカーテンコールに包まれ、約2時間半にわたった世界を代表する歌手の夏の夜の共演は、熱狂のうちに幕を閉じた。


e0163127_156418.jpg




8/4 東京スポーツ

全ての楽曲が終了しても、会場に静寂が訪れることはなかった。終らない歓声にゲオルギューが笑顔で応える。「私のお父さん」「踊り明かそう」の2曲に続き、深見がステージに現れた。
「アンジェラ!私の愛するディーバよ」と、愛の告白をしたかと思えば、「とざした唇に」をデュエット。喜歌劇「メリー・ウィドウ」の美しき未亡人ハンナとダニロ伯爵になりきり、ワルツに合せてダンスに興じた。
深見に促されて、ゲオルギューが最後に選んだのは「とても美しく、私も歌うことが大好きな曲です」という「「勿忘草」。美しきディーバに魅入られた観客たちは、夢物語の名残を惜しむように、いつまでも拍手を送り続けた。


e0163127_1562661.jpg





8/4 デイリースポーツ

ゲオルギューのコーナーを経たコンサートのラストでは、ファン待望の瞬間が訪れた。アンコールで2曲を歌い終えたゲオルギューが、ステージ上に深見氏を呼び込み、デュエットが実現したのだ。
2人が選んだのは、喜歌劇「メリー・ウィドウ」の第3幕からの「とざした唇に」。男女が互いの胸の内にある恋心を歌うロマンチックな曲だ。
本来はドイツ語の曲だが、8カ国語を操る深見氏ならではの粋な趣向があった。「高鳴る調べにいつか、恋の悩みも溶けて・・・」と日本語で歌い出し、ゲオルギューはドイツ語で応酬。声を合せて歌うハイライトではドイツ語で美しいハーモニーを響かせた。
間奏では深見氏がうやうやしくゲオルギューを誘い、ワルツを踊る一幕も。
さらに深見氏は、ゲオルギューに「もう一曲!」とおねだり。今度は2人で歌曲「勿忘草(わすれなぐさ)」をイタリア語で歌唱。2人だからこそ作れる世界に、会場はうっとり。


e0163127_1565087.jpg




8/4 夕刊フジ 

アンコールではゲオルギューさんが2曲を歌い、最後の2曲は深見氏とデュエット。「とざした唇に」では、途中で互いに手を取り合ってダンスを披露し、ラストの「勿忘草」でも息の合ったハーモニーを聴かせてくれた。


e0163127_157740.jpg




8/6 日刊ゲンダイ

カーテンコールの「私のお父さん」「踊り明かそう」の2曲を歌い終わると、鳴り止まぬ拍手の中、深見氏が再びステージに登場。夢の共演が実現した。
「ディーバ」と呼ばれる歌の女神ゲオルギュー氏と、ニュージーランドの世界的バス歌手コナル・コード氏をして「誰と歌っても引けを取らない歌唱力」といわしめた深見氏の奏でるハーモニーは、まさに絶品。「とざした唇に」「勿忘草」の2曲の共演は、ファンにとって至福のひとときとなったようだ。


e0163127_1572173.jpg











ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

# by 2nike | 2016-08-07 15:08 | 東京国際コンサート