ワールドメイトで学んだ「三昧の境地」とは

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>



「三昧(ざんまい)」は、wikiでは「仏教における禅定(ぜんじょう)、ヒンドゥー教における瞑想において、精神集中が深まりきった状態のこと。」と書かれている。意味としてはそうなのだろうが、感覚としてはわかりにくい。そこで、ワールドメイトで学んだ、「三昧の境地」について、以下は深見東州氏の著作「神仏のことがわかる本」より。

人間の苦しみというのは、弛緩から緊張に移る、まさにターニングポイントのところにある。リラックスした状態から緊張に向かう時が、一番苦しいのだ。

しかし、意を決して緊張の中に飛び込み、苦の中に没頭していくと、苦を苦として感じなくなってくるのである。それは、コタツの中にいる時より、マイナス十五度の中を裸で走っているほうが苦しい。ところが、しばらくたって体が慣れてくると、走っていることが楽しくなってくるのだ。苦中に楽あり。これが御魂の力なのである。

御魂の充実感で、苦しみが苦しみでなくなっているような状態を、「三昧の境地」という。これは、苦楽を越えた世界にいるということだ。

これこそ精進努力の権化、神人一体となった妙境である。あるいは、動中の静と言ってもいいだろう。

客観的に見れば厳しい艱難辛苦の状況において、いつもへらへら笑っているように明るく楽しく生きるのが、三昧の境地。ここまでくると明らかに、
「我に七難八苦を与えたまえ」
という山中鹿之助のレベルを越えているわけである。

苦しいことを苦しそうに頑張っているというのは、苦に負けているのだ。まだ、苦しみがあるという相対の世界に甘んじているということである。






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by 2nike | 2015-09-13 17:29 | 神仏のことがわかる本
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