「易経」は、天の時にあった君子の徳行を実践するための教本

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>



深見東州氏は、運命を改革する手段として、陰騭録をベースとした「徳を積む」ことを語られている。ここでは、「易経」の素晴らしさと、「易経」に示されている天徳と天佑を備えていればどんな不幸も越えられるということが語られる。
以下は深見東州氏の著作「信仰の道」より。

隋の時代から清まで続いた科挙(官吏登用試験)で、四書五経のなかでは、この「易経」が最高とされ、最終関門の口頭試験で試されるのです。もっとも、一般に、宋の時代までは「易経」が最重視され、宗以後は「中庸」が、四書五経のなかでは最重視されています。

そして、天の命、天の機を知って人道と政治を行う智と徳があるかどうかを調べるのです。政治、まつりごとは、天の命、天の道を世に行ずること、取り次ぐことです。いくらいい行いをしようと思っても、天の時と理に合わなければ、世の中は混乱するのです。そして、君子たるもの、こういうときはいかなる態度で臨むべきなのか、「易経」は、天の時にあった君子の徳行を実践するための教本でありました。

こういうわけで、易が科挙の最終関門として採用されています。これは隋の時代から続いてきたことです。

しかし、本来の易の精神から外れた昨今の「易占」は、盲信することはありません。易経が示すように、どんな不幸も、それを盛り返すだけの天徳と天佑が備われば、必ずや立派に越えられるものだからです。これは、あらゆる宗門、宗派を越えて、学ばなければならない真理であり、天の法則であると申せましょう。





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by 2nike | 2015-09-22 17:58 | 信仰の道
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