真髄とはなにか。無形のものであり、没我の境地の一瞬一瞬に真髄はある。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「大天運」は、「神界からの神通力」「神霊界」「強運」「恋の守護霊」「大金運」のあとに出され、神霊界の本質的なところから説き起こした宗教的色彩の濃い著書だ。
以下は深見東州氏の著書「大天運」より。

まず、「真髄とは無形のものであり、体得するものであり、知性ではないところで実感するものである」ということを悟る必要がある。

世界中のすべての宗教団体と師を巡ってみても、真髄に巡り会えるわけがない。また、矛盾のまったくない組織や師、書物があるわけはないのである。形あるものはすべて、無形の真髄を自分自身が体得し、実感するための媒介にしかすぎないのだ。

だから、どこからでも吸収し、何からでも体得できる自分を確立することが大切なのである。

ここでもうひとつ、よく犯す真髄についての誤解をなくすために語っておきたい。というのも、真髄とは到達するものだ、と思い込んでいる人が多いからである。そうではない。真髄とは到達するものではないのだ。

結論からいえば、真髄とはこの世に生まれる前から自己に内在しているものであり、ただ、それを自覚できていないだけなのだ。

すなわち真髄とは、御魂の世界に没入したときの感触ともいえる。

真髄とは、到達して得られるものでは決してないのである。それゆえ、本にたとえるならば、クライマックスに到達するまで読み続けていく連載小説や連載マンガではなく、「毎回感動の読み切り、次回ご期待!」でなければならないのだ。

マンガは毎回感動して、味わって楽しめばそれでよいものだ。神様の道も本当はそれでよいのである。そして、少しずつでも進歩が伴えば、さらに善しなのだ。

とにかく、真髄とは到達するものではなく、没我の境地の一瞬一瞬にあって、感動しながら楽しみ、学び、向上し続けている自分自身に生きているのだということを理解していただきたい。





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by 2nike | 2015-10-21 19:23 | 大天運
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