絶対神と顕現神。神は人間にわかりやすくするために、無限極から有限の姿となってお出ましになる。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


神人合一という場合の神は、絶対神ではなく顕現神である。もし私たちが、産土神や守護神との合一することができれば大変素晴らしいことであるが、目指すべきところは他にある。神人合一の究極の理想像とは・・・・・・。本書の後半にこの点が述べられているので、しばらくお待ちいただきたい。
以下は深見東州氏の著書「大天運」より。

まず結論から先にいえば、宇宙創造の主神とは、真を極めれば科学や法、理に通じ、善を極めれば宗教や道徳、倫理に通じ、美を極めれば芸術に通じるものなのである。この真、善、美すべてが主神の一部であり、あまりにも広大無辺であって、人智をまったく超えているのが実体である。

無限絶対無始無終、至大至小、至剛至柔であって、全知全能を内包しておられるのが、宇宙創造の主神である。

だから、たとえどんなに努力しても、これを知ったり体得することはできない。その限りでは、神と人との間には永遠の溝があるといえる。

だが、神は人間にわかりやすくするために、無限極から有限の姿となってお出ましになるのである。これが、神霊とか顕現神と呼ばれるものなのである。

ちなみにいえば、世の多くの宗教者や霊能者、とりわけ開祖、教祖といわれる人々が、傲慢になって道を誤る大きな原因は、この絶対神と顕現神の違いについて、明確に理解できていないことにある。自分が見た神、自分が聞いた神の声こそが絶対であって、他はすべて偽りであると確信する。こうして、次第に傲慢になっていき、ついには神の願いからもはずれてしまうのである。

人間が感知できる神は顕現神である。だから、どんなに真実の神に思えたり見えたとしても、それは、絶対神のごくごく一部でしかないのだ。

では、そうした無形、無限の神に向かっていくには、どうしたらいいのだろうか。それにはまず、自分の中にある無形の部分で無形なものを感じ、真に、善に、美に、永遠に、広く、高く、深く、繊細に、濃く、無限に向けて進歩発展していったらいいのである。

それを、神様は人間に対して望んでおられるのである。その過程で目前に現れる神は、宇宙森羅万象を統率される唯一絶対神のごく一部だとわかった上で、謙虚にこれを味わい、楽しみ、進歩発展と幸せのために活用していったらいいのである。それが、ご神意にかなっているのだ。





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by 2nike | 2015-10-22 17:19 | 大天運
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