運のよい人は、チャンス到来の時に、その場に居合わすことができ、しかも、実力を十二分に発揮できる

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


まず、「大金運」のプロローグ”正しい心掛けがあなたの夢を叶える”には、
魔界の金運は一時的であり、人間の金銭欲を利用して地獄に引きずり落とそうと、狙っている。これを避け、神霊界の本物の金運を授かるためには、「われもよし、他人もよし」の精神と、努力を結実させる決定的な運が必要、と書かれている。
以下は深見東州氏の著書「大金運」より。

この本は単なる出世のためのハウツー書ではない。神人合一の道研究家・深見東州として、神霊的視点からの出世の仕方、お金の儲け方、そして、お金を使っていかにして現世と霊界と来世で幸せになるか――を解説するつもりだ。

一の努力をして一の金運をつかむのなら、当たり前。一の努力で十の金運をつかみ、自分を幸せにし、そして他の多くの人々も幸せにすることが、本物の正金運といえる。本書の狙いも、実はそこにある。

拙著「強運」でも述べたように、幸運とは、向こうから転がり込んでくるものではなく、こちら側から引き寄せ、かつ、来ていただくように招くものなのである。本書のテーマである金運も、またしかり。ただ、じっと手をこまねいていてはいけない。積極的に近づき、引き寄せねばならないのである。

だが――。やみくもに動きまわるのはかえって危険である。後でも詳しく説明するが、「魔界」(強いパワーを持つ地獄界)が人間の金銭欲を利用して地獄に引きずり落とそうと、狙っているからである。

だから、神霊的に見て、かつ、現実世界においても、正しい方法で金運を呼び寄せなければならない。そうでないと、あなたが霊界に帰ったとき、大変なことになるし、周囲の人々や子、孫までも不幸にするからだ。

とにもかくにも、お金が欲しい!! 他人を不幸に陥れても豪邸に住みたい!! と自己中心的な欲望から発せられる金運願望は、結果的に本人のみならず周囲の人々や自分の子孫をも不幸にしてしまうので避けるべきである。

もともと、本物の金運は神霊界にある。これを「福寿の徳」という。魔界にも金運はあるが、こちらは結果として金運と同時に不幸をももたらす。したがって、魔界の金運は一時的であり、ニセ物、ということができよう。

神霊界の本物の金運を授かるためには、まず第一に、神霊界の願いに自己の希望が合致しているかどうかが問題である。神霊界の願いとは、いうまでもなく、あなた自身をも含んだ人類の幸福である。

自分だけ幸福であればいい、という考えは神霊界では通用しない。また同様に、極端な自己犠牲も神霊界の望むところではないのである。神さまは、世を救おうとする前に、まず、あなたを救おうとされるからである。

自分自身も幸福にならねば話にならない。それが神さまの真意なのである。だからこそ、「われもよし、他人もよし」の精神が大切なのだ。

また、もうひとつ「われもよし、他人もよし」の重大なポイントがある。それは、金運は非常に具体的な形であらわれ、しかもその多くは、周囲の人々を通して実現するということである。

財布の中身が空っぽなのに、「私は金運で満たされている」とひとり合点しても、むなしいだけである。財布に、”福沢諭吉”が大勢いらっしゃるようにならなければ、それは金運とはいえない。だからこそ、空想ではなく、具体的に財布を豊かにするためには、周囲の人々がお金を運んでくれるように仕向けなければならないのである。

霊界が動き、人が動き、お金が動く。この法則をマスターしなければならない。

努力した分は必ずむくわれる――この原則は、心の成長や内面的世界においては、確かにそうなのであるが、ことお金に関する分野では、くつがえされるものだ。努力した分だけ、商売がうまくいき、売り上げも伸び、出世できるかといえば、そんなことはない。努力しても、失敗する人は多いのである。

それは、商売上のライバルも多いし、皆、それぞれに必死の努力をしているからだが、もうひとつは、努力を結実させる決定的な運がなかったからに他ならない。

では、運をつかむためにはどうすればいいのだろうか。

ひとつには、タイミングをつかんでいるかどうかである。運とは”はこぶ”である。チャンスが運ばれてきた時に、それを上手につかむことのできる人は、すなわち、運がいいのである。概していえることであるが、素直にものを見ることのできる人ほど、チャンスをつかみやすく、逆に、こねくりまわして考えたり、自分の観念に固執する人ほど、チャンスを逃しやすい。

同じぐらい努力し、同じように行動していながら、かたやどんどん出世し、かたや、いつまでも平社員のまま、ということがある。これは、はっきりいって、運をつかんでいるかどうかの差である。金運の場合は、特にそれが顕著だ。運をつかんでいるかどうかは、タイミングの善し悪しで決定される。運のよい人は、チャンス到来の時に、その場に居合わすことができ、しかも、その時にもてる実力を十二分に発揮できるのである。

では、いかにすればチャンス到来の時に、120パーセントの力を発揮できるのか。また、チャンスを勝ちとり、それを維持するにはどうしたらいいのか。そのあたりを、次に探ってみることにしよう。




ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

by 2nike | 2016-01-05 22:32 | 大金運
<< 出世とは、人に引き立てを受け、... ただちに強い運を得ねばならない... >>