「時」を司っている神が、木花開耶媛之神(このはなさくやひめのかみ)。富士山の神様でもある。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


経営者は、我執を捨て、心を素直にし、時の神、木花開耶媛之神の御守護を賜りたいものである。

木花開耶媛(このはなさくやひめ)は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の妻。また、大山祇(おおやまづみ)の娘で、姉に磐長姫(いわながひめ)がいる。
wikiによれば、
神話では、日向に降臨した天照大神の孫・ニニギノミコトと、笠沙の岬(宮崎県・鹿児島県内に伝説地)で出逢い求婚される。父のオオヤマツミはそれを喜んで、姉のイワナガヒメと共に差し出したが、ニニギノミコトは醜いイワナガヒメを送り返し、美しいコノハナノサクヤビメとだけ結婚した。オオヤマツミはこれを怒り「私が娘二人を一緒に差し上げたのはイワナガヒメを妻にすれば天津神の御子(ニニギノミコト)の命は岩のように永遠のものとなり、コノハナノサクヤビメを妻にすれば木の花が咲くように繁栄するだろうと誓約を立てたからである。コノハナノサクヤビメだけと結婚すれば、天津神の御子の命は木の花のようにはかなくなるだろう」と告げた。それでその子孫の天皇の寿命も神々ほどは長くないのである(天孫降臨を参照)。

以下は深見東州氏の著書「大金運」より。

我が強く執着心を異常なまでにもっている人は心眼が曇っていて、ヒラメキが鈍くなる。個人レベルなら、少々我が強くても、本人の損や失敗で片付けられるが、会社を任せられた立場にある人の場合は、そうはいかない。

特に、微妙な景気の波を見ながら、勝負に打って出ようとする場合など、個人の好き嫌いの次元ではなくなるのである。チャンスとみたら果敢に突き進み、潮時となったら、未練なくサッと後退する。企業経営はこれがコツである。そのためには、ともかく、チャンスを逃さない目を、日頃から培っておかなければいけない。時を見る目が重要なのだ。

その「時」を司っている神が、木花開耶媛之神(このはなさくやひめのかみ)だ。富士山の神様でもあり、木花とは昔は桜を指していた言葉でもある。桜の花は、パッと咲いてサッと散る。惜しげもなく、時くれば風に花びらを与えている。要は、時を見る、機をつかむとは、桜の花のように執着心と我を捨てさり、パッと咲いてサッと散る心得が大切なのである。

成功する経営者と失敗する経営者の違いは、おそらくこのあたりにあるのではないかと思われる。最近、幾多のベンチャー企業が、時を見、機をつかんで花を咲かせている。もちろん、一時は花形ともてはやされながら、倒産したベンチャーもまた多いが、その企業のトップは、たいていバリバリのやり手で、我も執着心も強そうである。が、成功し、ベンチャー企業を軌道に乗せられるトップは、表面上は我が強そうでも、実際には他人の声に耳を貸すタイプであるはずだ。単に我が強く、個人的な金運の強さのみで急成長を遂げたベンチャー企業は、やがて崩壊していく運命にあることは明らかである。自己の才能におぼれ、それに固執しすぎるからだ。

今の大企業も、そのスタート時点では、今でいうベンチャー企業であった。だからベンチャー企業のトップは第二のソニー、第二のホンダを目指すのだ。いや、今でこそ財閥の代表とみられる三菱や、住友も業祖はベンチャー精神の旺盛な人物だったのである。それをベンチャーからメジャーの企業へと育てることができたのは、トップが自分の才能におごらず、多くの人々の意見に耳を傾けたからに他ならない。特に、零細企業から中企業へ、中企業から大企業への発展は困難であり、トップが自分と同じ程度の実力を持つ管理職を育てるか、提携しない限りむずかしいのである。人に恵まれる運があり、販売、財務、労務、商品開発、宣伝、どれをとってみてもツボを押さえないと、健全な脱皮はできない。だから、我執を捨て、心を素直にしないと落とし穴が見えず、時の神、木花開耶媛之神も微笑みかけてはくれないのである。




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by 2nike | 2016-01-24 22:40 | 大金運
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