誠の五段活用が神様を動かす誠のノウハウ

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「わざわざ、早速、何度も、菓子折り持参で、丁寧に礼儀正しく」
これが誠の五段活用であり、神社の神様を動かす誠のノウハウとなる。
これは基本原則であり、応用法則は無限にあるとのことだ。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

ここで、私が常に勧めている「正式参拝」のことをお話ししたい。
「正式参拝」とは、「心願成就」とか「事業繁栄」といったようなお願いごとがある時、ご祈祷所に行き、三千円か五千円、あるいはそれ以上の金額をお玉串として差し出し、神主に祝詞をあげいただき、神社によってはお神楽なども上げていただいてお参りすることである。

逆に、「正式参拝」に対して「チャリンコ参り」といわれているものがある。お賽銭箱に五十円玉や百円玉をチャリーンと入れて、「パン、パン!」と手を合わせるかわいいものだ。

「親切は人のためならず」という諺は、「親切をすれば、それはやがて必ず自分に返ってくる」ということである。これは『論語』の「徳は孤ならず、必ず隣あり」から発展した諺であろう。自分のしたいい事は必ず自分に返ってくるのであれば、思いきっていいことをした方がいい。そうすることによって、自らの成長にもつながるのだ。

少なくとも神社の神様に対しては、チャリンコ参りよりも正式参拝の方が数十倍もいいことなのである。しかも、一般的な親切よりも、何倍も早く、確実に自分に返ってくる。

なぜ、「正式参拝」が大きく返ってくるのか。これは、改まって威儀を正した参拝であるからだ。一般社会でも同じだが、「改まる」ということは、必要不可欠な生活の礼儀であり、知恵でもある。会社の社長に仲人を頼みたい時、いくら親しい仲だとしても、それだけの労をかけるのだから、電話一本で済ますわけにはいかないであろう。

「親しき仲にも礼儀あり」とは良くいったもので、頼みごとがある時は、それなりの正装をして、菓子折を手にお宅まで伺うことで、相手に誠意が通じて快く思ってもらうことができる。さらにいえば、人間関係の道筋を通すことにもつながるのだ。

こちらが改まって頼めば、相手も改まって応えてくれる。このことが世の中の常であるように、神様との交流においても、まったく同じことがいえるのである。以上のことから、「正式参拝」は、改まった頼みごとの時に行くものであることが、おわかりいただけたであろう。

もちろん、何事もなければ「正式参拝」の必要がないのかと言えば、決してそうではない。むしろ、何もない時にこそ、「正式参拝」をぜひとも実行していただきたい。普段から感謝の気持ちを丁寧に表しておくと、いざという時に、絶大なるお力を授けてくださるからだ。

頼みごとがある時だけ行くのと、常日頃から挨拶をしておくのとでは、神々のその人に対する評価が全然違う。みなさんも人間関係の経験上、その事はよくおわかりになるだろう。

私は、私の主宰するワールドメイトの会員に、少なくとも旧官幣大社や中社、または一之宮の近くで仕事があったり、旅に出かけることがあったなら、まず身なりをただして「正式参拝」するように勧めている。そうすると、神様が先に立って仕事や有意義な旅行を導いてくださるし、元気はつらつとした神徳と運気の貯えができるのである。ちょっとした心掛けと習慣なのであるが、これが神社で開運する大きな秘訣の一つになっているのである。

以上をふまえた上で、誠の五段活用を考えてみたい。

私が数十年間神社の神様に熱烈に親しみ、よく誠が通った時と、あまり誠が通らなかった時を、体験上から冷静に分析して比較してみた。そして、神様がよく誠として受け取ってくださり、強く神様が反応して、すばらしい功徳を与えてくださった順に事柄を並べてみると、次のようになる。

「わざわざ、早速、何度も、菓子折り持参で、丁寧に礼儀正しく」

これが、誠の五段活用である。この五段活用をもう少しわかりやすい言葉に換えてみよう。

一(イチ)いつも心にとめ、
二(ニ) にわかに、
三(サン)再三、
四(シ) 失礼にならぬよう、
五(ゴ) 御丁寧にと言われるように、




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by 2nike | 2016-02-14 20:46 | 神社で奇跡の開運
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