白山比咩神社(1)「白山は御魂の故郷であり、戦後の神の仕組みの中心をなす大神域」

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


白山比咩神社の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「恐ろしく厳しく、最も有難い命の水の親神」

●白山神界とそこにおわす神々は、スケールが大きくて奥深く、しかも極限の透明感をもつ空恐ろしいほどに厳しい存在。
●しかし、敬遠することはない、それだけはっきりとした神力と霊験を顕される神様であり、本当は最も有難い神様である。
●正神界の神様とは、神に向かう人のレベルと内容と至誠に合わせて功徳を授けてくださる。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

「白山は御魂の故郷(ふるさと)であり、戦後の神の仕組みの中心をなす大神域である」と記しても、一般の読者には訳がわからないだろう。そんなことよりも、いかなる「お陰」がいただけるのか、早く知りたいと考えている人が多いに違いない。

だが、白山の持つ、とてつもなく偉大な全容を知ることなくして、個々の功徳を求めることはできない。全容を知らなければ、功徳の原点にある法則や、中心に坐(ま)します神霊と、真に感通することができなからだ。

そしてまた、真に感通することができずして、そのご神徳を縦横無尽に取り次ぎ、自己の向上のために自在に活用することができないのである。

白山の全容を捉えるには、よほど広い角度の視野を持たねばならない。白山神界とそこにおわす神々は、スケールが大きくて奥深く、しかも極限の透明感をもつ空恐ろしいほどに厳しい存在なのである。

ところで、一般に恐ろしい神様、厳しい神様というと、思わず敬遠したくなるのが人情であるが、本当はそうではない。それだけはっきりとした神力と霊験を顕される神様であり、本当は最も有難い神様なのである。

恐ろしい、厳しいというのは、俗の思いや煩悩の雲に対するご神霊の動きが、速やかであり、徹底しているということだ。一分のスキも許さない、だからこそ完全なものができあがる。人に神を取り次ぎ、己に対して厳しく立ち向かい、技量を完全なものにしたいと欲する者にとって、それは、この上もなく有難いことではないだろうか。

しかし、そういう神の大愛を、いったい幾人の人が欲し、喜んで受け入れるものだろうか。数としては、決して多くないと思う。正神界の神様は本来、強制や強要をなさらないものである。ただただ、根気強く説いて、各人の自覚と発願を待つのみである。だから、私も一切の強要と強制はしたくないのだ。

ワールドメイトという会員組織にしても、そのあり方を断固として貫いている。ただし、すでにしっかりした自覚と発願を抱き、信仰心が燃えさかっている人に対しては、厳しさも善として吸収されるので、私が率先垂範して、本当の白山の厳しさと恐ろしさと、ものすごい大神威発揮するすばらしい道を教えている。

会員でも、人を選んで教えているのである。それが、白山神法悟得会である。だがしかし、一般の読者はそこまで向かう必要はないと思う。神社が発表しているように、白山は命の水の親神様であり、報恩感謝の気持ちでお参りになれば、決して恐ろしいことも厳しいこともないのだ。

ただ、驚くばかりの霊験を発揮されて、功徳を授かることになるだろう。正神界の神様とは、それに向かう人の、レベルと内容と至誠に見合った分だけしか動かれないからである。それが真の平等であり、神の愛の発露であるといえよう。




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by 2nike | 2016-02-23 21:12 | 神社で奇跡の開運
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