大神神社(三輪神社)の霊的なお働きと神威

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


深見東州氏がご神霊から伺った三輪伝説の秘密の真相は、処女懐胎伝説を通し、「孝霊天皇の直系の種を受け継ぐ血脈が、代々、三輪大社の神主として仕える仕組みつくること」だった。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

神々の第二の郷里ともいうべき大和地方の神奈備(かんなび)山(神様が宿る山)、三輪山は標高四六七メートル。大神神社はその麓にある。本殿はなく、拝殿のすぐ奥に三輪の三つの鳥居があり、山頂に向かって辺津、中津、奥津の磐座が配され、山頂には摂社である高宮神社がある。本殿がないのは、諏訪大社と同様、神奈備山である三輪山をご神体としているからだ。祭神は、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)、大己貴神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)の三神である。

ところで、神典によると、三輪の神は蛇神であることになっている。たとえば、三輪の神にまつわる伝承に、処女懐胎伝説がある。太田田根子の母親、活玉依媛(いくたまよりひめ)は処女であったにもかかわらず妊娠した。母親が問いただすと、「夜、立派な男性が訪ねてくるが、正体はわからない」と言う。そこで、赤土を床の周りに敷き、麻糸を針にさし、男が訪れてきた時にその衣服に刺しつけることにした。

彼女が男と熱い夜を過ごし、朝になると麻糸が鍵穴を通り抜けて、三輪山の神社にまで延びていた。その時に、糸巻きに残った糸は三勾(わ)(三巻き)しかなかったので、その地を美和と呼ぶようになったとされる。

つまり、大神神社の神は、蛇神なのであるが、私がご神霊に見せてもらった姿は、直径八十メートルぐらいの大白蛇神であった。それが三諸(みもろ)山にとぐろを巻いて鎮もっておられるのである。

鍵穴から麻糸が通って、三輪神社の前で終っていたという説話は、三輪の大神の霊威を人々に知らせ、さらに三輪の神の息吹を受けた子種を、その家系から輩出させ、後に三輪の神主として神仕えさせようという尊い神計らいからなされたことなのだ。

私がご神霊から伺った真相はこうである。孝霊天皇の直系にあたる三十五、六の、少し落ちぶれ気味の皇族筋にあたる男性に、三輪の大神はある時、神計によって乗り移られた。彼には八人の子供と妻が三人もいたが、二番目の妻の実家の勢力が強いために諍いが絶えず、しょっちゅう家をあけていたのである。ある時、美しい活玉依比売を見初めてしまった彼は、とうとう夜這いを決断した。何度目かの夜、着物に糸を通した針が刺さっているのに気がついた。

「針を鍵穴から通して、神の社の所ぐらいで置けば、この世ならざる者がしたと思うだろう。そうして、ここはもう家人に知られてしまったようだから、再び訪れるのはやめておこう。うん、これはわれながら妙案だ」と、夜明け間近き頃に、彼はその妙案を実行に移したのである。

このような現実の筋書きを通して、三輪の大神の霊的な働きと神威が人々に伝わったのである。

孝霊天皇の直系の種を受け継ぐ血脈が、こうして三輪大社の神主として、代々仕える仕組みが出来上がったわけだ。




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by 2nike | 2016-03-02 22:33 | 神社で奇跡の開運
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