西宮神社は、忍耐と根気で商売繁盛に導く福の神

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


3月17日~19日は、深見東州氏のバースデイフェスティバルが行われ、まるで、十日戎(とおかえびす)の祭りを宵戎(よいえびす)、本戎、残り戎とやるみたい、という新聞広告があったばかりだが、ちょうどタイミング良く、このブログでも「神社で奇跡の開運」の西宮神社紹介の順番になった。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

阪神電鉄の西宮駅を降りると、朱塗りの豪壮な表大門が目に入る。本殿は三連の春日造りだ。豊臣秀吉が再建して以来、四百年間戦禍を免れ、その豪華な美しさを今も誇り続けている。祭神は、西宮大神(蛭子大神)、天照大御神、須佐之男之大神、大国主大神の四神である。現在、西宮神社は蛭子系のえびす大神総本社として知られるが、もともとは広田神社の摂社であった。

広田神社は、三韓討征から帰られた神功(じんぐう)皇后に、天照大御神が神がかり、「我が荒魂をば、皇居に近づくべからず。まさに御心、広田の国に居らしむべし」とのご神託を下されたため、天照大御神の荒魂を祭神として祀ったことに始まる。その広田神社の系列下にあった西宮神社(もとは夷=戎社)が隆盛を誇るようになったのは、民間のえびす(戎)信仰が盛んになったためといわれる。

この蛭子神とは、イザナギ、イザナミの最初の子であったが、「御子の数に入らず」とその存在を認められぬままに、船に乗せられて流されてしまった神である。水子霊のようなかわいそうな神様だが、つまりそのことは蛭子が他の地から流れついた漂流神であるということを物語っている。

ところで大国主は、音読みすれば「ダイコクヌシ」となるので、大黒天、いわゆる大黒様と同一視される傾向があった。大黒様は仏教の仏様であるが、しばしば戎さまとコンビを組んでおり、その戎様とは事代主と同一神であるとされる説が一般にも良く知られているものである。

この説はどこから来たのか。もうひとつのえびす信仰の由来を見れば、その理由が判明する。島根県の美保神社には事代主之大神が祀られているが、この神様は大変な釣り好きであったこと、そして天孫降臨の際に国譲りをした後、自ら船を傾けて海中に姿を消されたことが伝えられている。ちなみに、大黒天で有名なのは、伝教大師最澄が比叡山で祈祷している時、忽然として現出した三面大黒天である。この大黒天は日本生まれで、三仏が合体した仏様である。それ故に、天台宗では甲子(きのえね)の日に大黒天の修法を行い、観音経を唱和する習わしがある。

その伝統を別な形で継いだのが日蓮である。法華経流布のために日蓮は大いに大黒様のお力を仰いでいる。また、猟師の間に伝わる民間信仰では溺死体をえびすと呼び、死体を拾うと豊漁になるともいわれた。

いずれにせよ、えびすが豊漁、すなわち福をもたらすところから転じて商売繁盛の神として全国的に広がっていったのが、えびす信仰だとされる。もっとも、この神様は平安時代には軍神であり、またバクチの神様であるとされていた。したがって勝ちを呼ぶところから転じ、商売という生業、とりわけ富を得る神となったのかもしれない。




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by 2nike | 2016-03-07 22:29 | 神社で奇跡の開運
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