宗像大社(1)一回の参拝で三倍の神力が授かる。 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>

wikiより、宗像大社の辺津宮拝殿、中津宮拝殿、沖津宮拝殿の画像。

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辺津宮拝殿



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中津宮拝殿



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沖津宮拝殿


以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

●考古学的価値が高く、「海の正倉院」と呼ばれる

シュリーマンのトロイ発見の例をひくまでもなく、神話あるいは信仰は古代の人々の生活やその実像から生じたものである。したがって、古代に建立された神社は極めて大きな考古学的な価値を持っている場合が多い。

福岡県宗像郡の陸地と島々にある三社を総合する宗像大社は、とりわけ考古学的な価値が高い。宗像大社を形成する三社の奥宮にあたる沖ノ島は、数々の貴重な遺跡や遺物が発見されたことから「海の正倉院」と呼ばれている。ちなみに、「砂漠の正倉院」と呼ばれているのは能登にある気多(けた)大社だ。

宗像大社は三社によって形成されたと述べたが、それぞれの社には宗像三女神と呼ばれる女神が一柱ずつ祀られている。宗像三女神は、宇佐神宮の項でも触れたが天照大御神とその弟神の須佐之男命の誓約段で登場する神だ。

世の神が自分の意図通りに動かないことを嘆いた須佐之男命は、母のいる国へ行くことを決心する。そして、その前に姉の天照大御神に挨拶をしたいと思った。しかし、姉神は弟神のその心を疑って、高天原を乗っ取りに来たのではないかと誤解した。そこで、天の安河原でどちらの心根が正しいかを証明するために誓約(うけい)をしたのである。



●田心(たごり)姫神、湍津(たぎつ)姫神、市杵島(いちきしま)姫神が宗像三女神

その折、須佐之男命が差し出した天叢雲剣を天照大御神は三つに叩き折り、それぞれの断片を噛み砕き、露のごとく吹くと三人の女神が生まれた。この女神が田心(たごり)姫神、湍津(たぎつ)姫神、市杵島(いちきしま)姫神の宗像三女神である。

市杵島姫神を祀っているのが、宗像郡玄海町にある辺津宮だ。のんびりとした田園風景が広がる一角に、こんもりと樹木が生い茂る中に境内がある。本殿、拝殿はともに重要文化財に指定され、沖ノ島古代祭祀遺跡から出土した遺物十万点を収蔵する神宝館がある。そのうち三百点以上が国宝に指定されている。

湍津姫神を祀る中津宮は、辺津宮の沖十二キロにある大島にある。そして田心姫神を祀る沖津宮は、大島からさらに五十キロ沖の小島、沖ノ島にある。この島は周囲約四キロ、海辺らしきところはほとんどない断崖絶壁の孤島であり、昭和四十六年に発掘調査が終了するまで、島の全貌は不明であった。

発掘調査の結果、この島には四段階に分けられる古代の祭祀遺跡があり、朝鮮や中国大陸との交易も盛んであったことが明らかにされた。そして、これらの三社は一直線上に並ぶように配されており、恐らく海上交易の道標の役割を果たしていたと考えられる。しかし、信仰上のことからいえば、陸より海に向かって辺津宮から拝めば、中津宮、沖津宮を同時に遙拝したことになり、一回の参拝で三倍の神力が授かるという、便利で有難い形式を取ったのであろう。





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by 2nike | 2016-05-28 21:52 | 神社で奇跡の開運
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