カテゴリ:究極の運命論( 4 )

最も尊い命運を改める努力

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>



王陽明先生がいった造命の法とは、命運を改める努力。
命運を改める努力とは、後天の修業によって、先天の命運を変えること。
先天の命運を変えることとは、生まれながらの性分を変えること。
以下は深見東州氏の著作「究極の運命論」より。

「名前は悪いですけれども、努力すればよくなりますね」
「生まれながらの星はよくありませんけれども、先生、努力でなんとかなりますよね」
と、よくいいますが、そのとおりです。しかしその努力の種類とレベルが問題なのです。努力の種類とレベルとは、たとえば、もともと努力するという星に生まれている人がいますね。横尾忠則さんなんかそうなんですが、そういう人は努力するのが苦ではないのです。だから、なるべく努力しないで人にさせる努力が要るのです。そういう場合は。

なんだか、わかったようなわからないような話しですけれども(笑い)、なんでも努力して自分でやる人は、そのなんでも努力してやるというのが欠点の場合もあるのです。自分が出しゃばりすぎないほうがいい場合は、努力しないで、なるべくおのれ自身を車軸のようにして他を生かし、悠々として人にやらせて管理していく。

そのように、生まれながらの性分を変えるだけの努力を続けていくと、星どおりにはいかない。その、先天の星どおりにいかないことが尊い。後天の修養をすることによって、先天の命運を変えてしまう。この努力こそが徳の始まりであり、一人ひとりのご神業の基礎でもあります。これを命運を改める努力というのです。

命運を改める努力、すなわち造命の法といいまして、王陽明先生がいったわけです。人間の生まれながらの命運と命式を知って徳を積み、修養することによってこれを改善ていく。これを造命という。日々新たなる自分の命をつくっていく。命をつくるだけの努力こそが本当の努力であり学問なんだということです。

単なる知識習得の学問というのは、インテレクチュアルになっただけで、分析ができたり、知識が増えますが、造命をせしむる学問こそが真の学問なのであり、造命をせしむるだけの信仰力こそが本当の信仰力なんだ、修業なんだということを知っていただきたいのです。

滝に打たれても、全然性格が改まらなかったら、そういうものは修業といいましても、レベルの低い修業です。本当の修業とは、造命楽天の創造的な日々に、神人が一つとなって神徳を表し、この世の中を具体的に改善してゆくことであります。こうするうちに、自然に徳が積めて、天から定まった命数が改まり、生まれながらに持った天命や命運も改められるわけなのです。





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by 2nike | 2015-09-10 17:49 | 究極の運命論

魂の錬磨とは、また好運期、衰運期の過ごし方について

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>



「生まれてきた目的は、求道(内修)と慈善(外慈)」。それをさらに陰陽に分け、全体では四種類に分解するという解説はとてもわかりやすい。「魂の錬磨」をカテゴリ分けすることで、ワールドメイトで活動する際にも、目的や意義をより明確にすることができるだろうと思う。
以下は深見東州氏の著作「究極の運命論」より。

「魂の錬磨とは」

生まれてきた目的は私の本で何度もいっていますように、魂の錬磨。そのために私たちは生まれてきています。魂を磨かんがために生まれてきているわけです。魂を磨くとは、上乗へ至る、上の方へ上がっていくこと。上がった分だけ世の中に徳分を残すことができる。

上に上がっていくには二種類。霊的にランクが上がっていくのと、霊的覚醒度合いがふえていくこと。つまり、いかに霊的なランクを神様から与えられたか、そしていかに求道し、どれだけ悟ったか、真理を体得したか。この二種類なのです。

徳分というのは、どれだけ衆生を救済したのかということと、どれだけ世の中にお手柄を立て、社会的に貢献できたのかという功候(こうこう)とがあり、この二種類が徳分なのです。そして、徳分を残す行為が慈善です。

陰陽に分ければ求道(内修)と慈善(外慈)。求道をさらに陰陽に分ければ覚醒と向上、慈善も陰陽に分けると、徳分と功候。全体では四種類に分解することができます。それを一言でいいますと、魂の錬磨になります。




「好運期、衰運期の過ごし方」

あくまで好運期と衰運期というのは、人から見た角度です。神様の目から見たら、内面的なものを磨く時期と、外へ出て活動する時期、陰と陽との違い、ただそれだけなのです。いずれも好運期です。いずれも盛運期、いずれも進歩、向上のときなのです。

『荘子』にこういうことが書かれてあります。自分が認められて、社会的に評価されているときも増長魔にならなくて、淡々と栄光と成功の上を歩いて精進を怠らない。また衰運期でおのれの実力と技量が認められなくて、普通なら悶々と苦しんでいるときも、ちっともクサらないで、営々と努力を重ねて怠ることがない。これ、すなわち真人なりと。

衰運でも好運でも、運がよくても不運でも全く関係なく、運のいいときはいいときなりの過ごし方をして、運の悪いときには悪いときなりの過ごし方をして、全く平常心で前向きに精進する日々に変わりがない。こういう生き方をしなければ、修業しているとはいえない。神様の道を極めているとか、学んでいるとはいえない。そうでなければ俗界の人たちとなんら違うところがない人生となることでしょう。





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by 2nike | 2015-09-09 20:47 | 究極の運命論

吉方位必ずしも善ならず、悪方位必ずしも悪ならず。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>



私は、就職の際の引っ越しが最悪の方位(暗剣殺)だった。あとで、気学を学びこのことを知ったのだが、深見東州氏の「方角の意味するところを、修養の糧として理解する」という教えのお陰で、最悪の方位だと知ったときもあまり落ち込むことはなかった。引っ越して何年かは人間関係がうまくいかなかった。ところがそのことがきっかけとなってワールドメイトに出会ったので、やはり、「悪方位必ずしも悪ならず」だ。私はこの言葉が好きだ。
以下は深見東州氏の著作「究極の運命論」より。

四柱推命の問題点というのは命式や運、不運だけを見まして、改善方法がないわけです。改善方法に関しましては気学にはあるわけですが、神様いわく「吉方位必ずしも善ならず」。もう私は何度もいわれております。吉方位必ずしも善ならず、悪方位必ずしも悪ならず、と。

悪方位が悪ではない、悪方位に行くのも善のときがある。それは若い間に苦労し、因縁のあく出しをするためなのですけれども、因縁のあく出しのときには、何事も思いどおりにならないことが多い。たとえば、どんなに吉方位を取ろうと思っても、取れないことが多いのです。

「君、栄転だ。東京本社へ行きなさい」
と辞令をもらったけれど、方位が最悪だったということになりやすいわけです。

こういう場合は、栄転で行くけれども、悪方位で行くということは苦労があるんだな、思いどおりにいかないんだな、と覚悟して行けばいいのです。しかし、それを乗り越えて行ったときには、やがて必ずまた吉方位のところに再栄転されるに違いありません。そう信じてください。

また、吉方位で左遷されるかもしれませんが、左遷だというときが大吉方位だったら、「ありがとうございます」といって喜んで(笑い)、左遷された中で運が開くなにかの端緒をつかんで吸収していくんだろう、というくらいの気持ちで行けばよいでしょう。そのように、方角の意味するところを、修養の糧として理解しなければだめですね。これが易占に振り回されている人間と、易占を活用している人間との違いです。

ですから、吉方位は必ずしも善ではない。悪方位は必ずしも悪ではない。ただし、これを理解しておけば、吉方位でも悪方位でも関係ないかというと、そういう意味ではありません。

引っ越しをしようか、なにかしようかというときには、なるべく取れるものだったら吉方位を取ればいいのです。取れないとき、努力してもどうしても取れないときには、なにか命運の意味するところがあるのだろう、神様が導いてくださっているのだろうと、覚悟を決めて行ったらいいのです。

その場合、方角なんて関係ないわと、なるべく悪いことは意識しないように。そうすれば、あまり影響を受けません。最小限でとどまります。反対に吉方位のところならば、方角って関係ある、方角は絶対に出るぞと思って信じて行ったら、いい影響が強く出てきます。

そうやって心の調節をすると強弱の調節ができます。想念界の大きな影響力を活用すればいいのです。活用して、すべてに振り回されなかったらいいのです。





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by 2nike | 2015-09-08 19:31 | 究極の運命論

自分の先天運を知る方法

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>



「究極の運命論」は、20年近く前に私がワールドメイトで手相、気学、言霊数霊姓名判断、ホロスコープなどを学んでいるときに出会った。鑑定をするときの語彙が不足していると感じていたので徹底的に占い関係の本を読んだのだが、その中でも最も優れた運命論だったと記憶している。当時は、鑑定する前によくこの本を読み返していた。
以下は深見東州氏の著作「究極の運命論」より。

先天運とは何か。文字どおり、先天的に持っている運のことです。では、先天とは何か。お母さんのおなかの中からオギャーと生れてくるまでが先天。オギャーと生れたらもう後天なのです。オギャーと生れる前が先天でございますので、十月十日間おなかの中にいるときに先天運が完成されるわけです。

節分で1年の節は変わりますが、おなかの中にいた期間が節分の前か後かによって、先天運は大きく違ってきます。

以前、八時間セミナーでお話ししましたが、この時点、すなわち子どもが宿ったときのお父さんの経済力、生活環境、お母さんの精神状態、生活環境と、そのときに宿った子どもの性質は非常に関連しております。

お父さんがすごくまじめによく勉強していたときにできた子どもというのは、どういうわけか勉強が好きです。同じお父さんとお母さんのもとに生れた子どもでも、お父さんが酒ばっかり飲んでいるときにできた子どもは、どうも頭がボケッとしています。アルコールづけになっているのでしょうか。お母さんがどこかでしょっちゅう浮気をしているときにできた子どもというのは、二重人格でなんとなく気もそぞろで、気持ちが定まりにくい。

問題が多いときに生れた子どもというのは一言でいいますと、素直でない。お父さん、お母さんが最高にいい状態のときに宿った子どもというのは、いい子が多い。いい子とはどういう子どもかというと、非常に素直な子です。

素直であるかどうかは、学校の成績を見ていたらだいたいわかります。成績のすごくいい優秀な子と、真ん中の子と、出来の悪い子がありますと、成績が悪くなればなるほど素直でない子が多い。上の方にいけばいくほど素直な子です。よく勉強ができる子の八割から九割まではどんな子かといえば、素直な子です。

ですから、なにはなくても素直であることが一番。その上、頭脳も明晰で運動神経も発達していて、芸術的才能も豊かで、信仰力もあるおおらかな子であったら最高ですね。

どんな先天運なのか、もっと具体的に細かく見ていく方法はあるのですが、誰にでもすぐにできる先天運の見方は、そのときのお父さんとお母さんはどういう生活状態で、なにを志し、なにを考え、どういう生き様をしていたのかを知る。これでだいたいのところはわかります。

もし、両親が放縦な生活をし、自堕落な生活をして、最悪だった場合、そういう両親のもとに自分が生れてきたという先天の命を考えたみたら、わけなくそういうところに生れてくるわけではない。やはり、そういうところに生れてきたということは、自分の前世にそれに匹敵するだけの劫を積んでいるわけです。

ですから、最終的にはお父さん、お母さんのせいではないのですが、私たちはそれを見て、自分の先天運がどのようなものであるのか、前世にどのようなものを持っていたのかということが、おおよそわかるのではないですか。詳しいこと、細かいことは完全にはわからないでしょうが、つぶさに両親の研究をしたらいいですね。

厳密には、祖父母も調べたらより完全な研究成果が得られます。そして、よかったら自信を持って、もっとやれるから頑張ろうと一層励む。悪かったら反省をして、今度は後天の努力で補っていけばいいわけです。





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by 2nike | 2015-09-07 21:08 | 究極の運命論