カテゴリ:神社で奇跡の開運( 32 )

出雲大社は、世事万端、ありとあらゆるご利益が得られる - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


出雲大社は、白山神社、伊勢神宮に次ぐ、万能の神、総合ビタミン剤の極めつけといえる。男女の縁結びに関しては、『恋の守護霊』を読んで、詳しく研究し、その上で、出雲大社と生まれ故郷の産土神社に開運祈願したほうがよいとのことだ。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

延喜式神名帳に名神大、つまり大社と指定された神社数が二二三社。明治から昭和にかけて官幣、国幣大社に列せられた神社は計七一社あるが、その中で単に「大社」という言葉だけで通じるのは、出雲大社だけ。ちなみに、「神宮」だけで通るのは伊勢神宮だけだ。

出雲大社の創建は、ご承知の通り国譲り神話に基づく。天孫族に国譲りを迫られた出雲神、大国主命は、大宮殿の建築を見返りとして国を譲り渡した。

その大宮殿が大正十四年まで杵築大社と呼ばれた出雲大社である。現在本社本殿の高さは二十四メートルであるが、平安時代の記録によれば四十八メートル、さらに遡り、創建当時は九十六メートルであったとされる。ある大手建設会社が、コンピュータを駆使して復元作業を行ったところ、平安時代四十八メートルの本殿は確かに存在したという結論を得た。

出雲大社のご祭神は、もちろん大国主命だが、大国主命は、大物主命(おおものぬしのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、八千矛神(やちほこのかみ)、葦原色許男命(あしはらしこおのみこと)、宇都志国玉命(うつしくにたまのみこと)、大国魂命(おおくにたまのみこと)と、計七つの名をお持ちだが、これはそれだけ霊力が大きく、働きに多様性を持っている大神霊だということを意味している。

出雲の神が、なぜ縁結びの神といわれるのか。大国主命が須勢理比売(すせりひめ)と結婚するにあたり、比売の父親須佐之男命がさまざまの試練を科した。大国主命と比売は艱難辛苦しながらも、見事、試練に耐え抜き結ばれることになった。さらに須佐之男命と櫛名田比売のドラマチックな結婚までのいきさつ・・・・・・。

男女の堅い愛、信頼関係が縁結びの根源なのである。さらにもう一つ、この出雲に八百萬(よろず)の神が集結し、会議を行うのであるが、その議長を務めるのが大国主命であるとされているので、その元締に、祈願した良縁を議題に挙げていただくようにお願いするわけだ。しかし、神霊界における神計りの会議は、現在別のところで行われている。ところで、須佐之男命は結婚に際し、
「八雲立つ、出雲八重垣、妻ごみに、八重垣つくる、この八重垣を」
と読まれたが、これを和歌の始まりとして、須佐之男命は大和歌の起こりの神にもなられたのである。

大国主命は、また仏教の守護神・大黒天と同一とされている。大国(だいこく)と大黒(だいこく)の音が等しいことからくる見方だが、本来は全く別のものである。大黒天はインド渡来の仏であり、観世音菩薩の化身であったり、白蛇、水龍神、水蛇などの化身であったり、僧侶の人霊の化身であったりするのだ。このことは天台宗では甲子大黒天の修法を行う時、観音経を上げるのをみてもわかる。同一視は鎌倉時代以降のことだが、戦国時代、尼子経久が出雲大社を天台宗系の神仏習合形式に改め、百年間それが続いた。その時の名残が、この大黒信仰だといえよう。

いずれにしろ、世事万端、ありとあらゆるご利益が得られるのが出雲大社である。

数えあげれば因幡の白兎の故事でもわかる医療の神、幽冥の神、農耕神、大黒様風の富の神、縁結びの神・・・・・・。旧暦十月には日本中の村の鎮守の神が出雲に集まり、氏子たちの問題や悩みごとを話し合われると伝えられることから考えれば、白山神社、伊勢神宮に次ぐ、万能の神、総合ビタミン剤の極めつけといったよい。

ただ、前二社と趣を異にしているのは、和気あいあいとして人脈を広げたり、人から人へと、よき人のつながりで開運し、事業を成らすという特色である。医療なども、よき医師と知り合いになり、最高の病院で治療を受け、よき人の励ましを受けて気力が回復し、病が全快したという具合である。そして、盛り上がりに欠ける人物や組織に、盛り上がりの気を充満させることにより、一切が開運して事業がなるというような功徳である。





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by 2nike | 2016-03-17 20:43 | 神社で奇跡の開運

熊野大社(2) 国常立之尊は須佐之男尊という地球の御魂の働きの中核 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


●須佐之男尊は、地球全体を輝かせ、美しく保つ働き。
●国常立之尊は地球神霊界の代表取締役として、地球の凝結力、大地のパワーを管理している。
●国常立之尊は須佐之男尊という地球の御魂の働きの一部であり、中心の核をなす働きを任されている。

本文にも書かれているが、宇宙全体の構成については「箱根神社」のところで述べられているので、こちらをどうぞ。箱根神社への理想的なお参りの仕方(1)
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

ところで、出雲にも熊野神社があり、和歌山ともども自分のところが本家だと主張している。実際は出雲の熊野神社には須佐之男尊のご神霊がおり、熊野には艮(うしとら)の金神様がおられ、神力としては和歌山県の熊野大社の方が断然上である。

艮の金神と須佐之男尊のパワーの違いはどこにあるのか。これを説明するためには宇宙全体の構成にまで言及しなければならない。

地球の神霊界の中心、いわば神霊の代表取締役ともいうべき方が国常立之尊である。このことは箱根神社の項を参照していただきたい。

一方、須佐之男尊は地球全体の御魂の働きといってよい。若干の説明をすれば、こういうことだ。

太古、伊邪那岐命が黄泉の国からお帰りになり、子の天照大御神に高天原を統率する、いわば代表権をお与えになった。天照大御神の弟神の月読尊には「夜の食国(おすくに)をしろしめせ」と、月の神霊界を統率する権力を与えられた。そして同じく弟神の須佐之男尊には「大海原をしろしめせ」と、地球の統率権を与えられた。

したがって、地球全体を輝かせ、美しく保っているのは須佐之男尊ということになる。

では、須佐之男尊と国常立之尊はどういう関係になるのか。国常立之尊は地球神霊界の代表取締役として、地球の凝結力、大地のパワーを管理している。つまり、国常立之尊は須佐之男尊という地球の御魂の働きの一部であり、中心の核をなす働きを任されているという形なのだ。

スサノオとは、ス(主)サ(働き)ノ(納)オ(応)であり、クニトコタチとはク(九=陽の極)ニ(陰の働き)ト(十)コ(凝)タ(高)チ(地、智、千、血)である。

須佐之男尊の地球を美しく保つという力を後世の人々は高く尊敬し、尊を芸術の神様、和歌の始祖として崇めている。出雲の熊野神社は須佐之男尊のその側面と、高天原より神逐(やら)いに逐(やら)われてこの地に下った時の側面、すなわち地上の民衆とともに歩むという側面の霊姿を祀っているのである。

一方、国常立之尊をして地球、大地の大霊力、大パワーを管理させている須佐之男尊の、いわば「統率者としての本業」の側面が表われているのが和歌山県熊野の霊域なのだ。和歌山県の熊野神社の霊力が出雲の熊野神社のそれよりも千倍、あるいは数万倍のエネルギーを持つのは、このような理由からである。

熊野神社にお参りするのは、その圧倒的なパワーのご加護を必要とする問題をかかえている場合がよい。たとえば、世界規模の企業の運営、地球全体がかかえている汚染や生態系破壊といった問題、さらには国家間、民族間の紛争に頭を悩ませている人は、是非参詣すべきだろう。伊勢の天照大御神が改善策を進められ、この熊野の神がけじめをつけて調えられるのである。





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by 2nike | 2016-03-16 22:16 | 神社で奇跡の開運

熊野大社(1) 圧倒的な大地のパワーで大開運

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


以前 『絶対運』の内容をエントリーした際に、次のような問いがあった。
・絶対的な運を得るには、まず十二分な自力をつけ、他力を築き、自らの運、すなわち自力運と、他者の運、すなわち他力運とを十文字に組み合わせればよい。
・しかし、自力をつけるには、相当な努力とそれに見合う年月を要する。
ただちに強い運を得ねばならないという状況に追い込まれたとき、どうすればよいか。

この答えとして、関西では熊野本宮大社に詣でるとよい、と書かれていた。
その熊野本宮大社について、
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

神奈備(かんなび)信仰、すなわちわが国の山岳信仰の歴史は、役小角(えんのおづね)に始るといわれる。幼少の頃から葛城山中に入り、苦修練行を行い、遂に飛行術まで体得したといわれる。この役小角の足跡を訪ねて、独自の山岳信仰を極めたのが、後に行基菩薩としてあがめられる僧、行基(ぎょうき)である。行基を訪ね、役小角から行基へと霊的に受け継がれた山岳信仰の道を極めたのは、弘法大師(空海)であった。

役小角に話を戻すが、彼の呪術の力に対して嫉妬して讒訴(ざんそ)するものがあった。そこで朝廷は母親を人質にとって、彼を伊豆大島へ遠島するべく申し渡した。伊豆の地に渡った役小角は、役人に首を切られそうになった。その時小角は「斬られるのはやぶさかではないが、最後の頼みに、私を斬ろうとするその刀をなめさせてほしい」と言った。

役人はいぶかしがりながらも刀を差し出す。役小角がペロリとひとなめすると、なんと刀がアメのように溶けてしまった。役人は腰を抜かし、処刑することができなかった。それで、これは偉大な聖人であったということがわかり朝廷は母親を解き放ち、役小角を無罪放免にしたといわれている。

小角はしばらくその地に留まり、大島の霊域に桜を植え、後に許されて大和に帰るや、吉野の霊域一帯にも桜を植樹した。現在、吉野の桜として毎春見事な花を咲かせている樹の最初がそれである。

こうして、吉野で始った山岳信仰の延長線上にあるのが、この熊野神社の信仰なのである。

ところで、熊野神社といったが通常、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山と呼んでいる。

本宮大社は、大斉原の北方五〇〇メートルの所にある。本殿は、二殿一棟、二殿二棟の檜皮葺の壮大な熊野権現造りである。祭神は第一殿が伊邪那美命(いざなみのみこと)、第二殿が速玉男之命、第三殿に、主祭神である家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)(須佐之男命の別名)、第四殿が天照大御神となっている。

熊野速玉大社は、熊野川河口に近い新宮市北方、千穂ヶ峰北にある。

那智大社は、那智川近くにある。この大社の原形は、那智滝をご神体とする別宮飛瀧神社である。高さ一三三メートルの那智滝は、熊野灘から遠望することができ、その昔、航海の道しるべとされた。しかし、現在ではかなり観光化されている上、神霊もいらっしゃるが邪霊や行者の亡霊もにぎやかにいらっしゃる。滝見物だけに行くか、あるいは祈るならご神霊のみに心を合わせて注意してお参りしてほしい。

だから、本当に熊野で大祈願をして人生の大飛躍を願うなら、交通ははなはだ不便であるが本宮大社へ足を運ぶのがよいだろう。ものすごい太鼓の音とともに、清々しい生けるご神霊の実体を体で感じるはずである。抜群の大祈願成就力をお約束する。私と大の仲良しである熊野権現に化身する大青龍王が雲居のかなたより、あなたが汗をカキカキ階段を上ってくる様を、ほほえみながら見ておられることだろう。





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by 2nike | 2016-03-10 21:37 | 神社で奇跡の開運

西宮神社(2) 現在のえびす様の霊力

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


本書によれば、西宮神社で、通常の何十倍もの力強い福徳と恵みが授かるには、「十日戎(とおかえびす)」の期間中に参拝するとよい。その際には、次のことを認識し、また深く信じることが肝要とのことである。
・西宮神社の日常生活と商売における忍耐、堪忍に関する教えと功徳
・天照大御神の荒魂のご神名
・「十日戎」は、天照大御神の荒魂が神威を顕現させ、蛭子大神と合体する極めて功徳の高い祭礼である。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

さて、現在のえびす様の霊力だが、神社から発表されている功徳に加え、根気と辛抱の神様であることも見逃せない。私なりにその霊的解義をしてみたい。「戎」という字は本来、武器や刀のことを現わす。そして、刀の刃を胸に抱く心を字にすれば「忍」となる。

忍の上に堪をつけた「堪忍」とは、堪え忍ぶという意味だ。「ならぬ堪忍するが堪忍」という言葉があるが、商売の極意はまさに堪忍である。そしてまた、牛のよだれの如く、飽きもせず辛抱強く行うことから、「あきない(商い)」というのである。

えびす様が鯛を釣って喜んでおられるのも、鯛釣りが堪忍を象徴するものだからだ。鯛は一日一匹釣れれば上出来というぐらいのもので、しかも賢い魚である。その鯛を狙う釣り人は、たとえ連日不漁続きではあっても、めげることなく釣れるまで、ひたすらじっくりと待つ根気と忍耐とが必要である。商売における巧みな駆け引きや、顧客をしっかりとつかむのも、すべてこの堪忍と根気なくしては不可能なのである。えびす様は、鯛を釣る姿によってそのことを教えているのである。

さらに、西宮神社には十日戎(とおかえびす)に際して「はやがけ」という風習がある。徹夜で門の前に座り込み、開門一番、誰よりも早くお参りすることを競うものだ。これも、よくよく考えてみれば商売の心得を示していることになる。もし、儲かりそうな商売のネタを発見したなら、徹夜で座り込むぐらいの根性を発揮して、誰よりも早く商機をつかめ、という神の教えの表われなのだ。

このように、西宮神社には日常生活と商売における忍耐、堪忍に関する教え方と功徳が存在するのである。つまり、天照大御神の荒魂である撞賢厳之御魂天疎向津媛之命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)のご神徳がフルに発揮されているのだ。

このことはご本殿の配置を見てもよくわかる。向かって左側には須佐之男命が、右側にはご祭神が祀られ、中央に天照大御神が鎮座ましましておられる。これは「福は意外なところにある」という教えを示すもので、ご祭神が天照大御神に対し、謙虚に中心の道を譲っておられるのだが、日本の神の荒魂(希望に満ちた堪忍)が中心になり、初めて須佐之男命(芸術的、宗教的、学問的な才能)が開き、西宮大神(商売繁盛、財徳、福徳の円満具足)も成るということを物語っている。

そもそも、荒魂というものは、陽に出る場合は「勇気の剛気」となり、陰に出る場合には「自重と忍耐」となって表われるものなのである。毎年一月十日を挟み三日間行われる「十日戎(とおかえびす)」は、この天照大御神の荒魂が神威を顕現させ、蛭子大神と合体する極めて功徳の高い祭礼である。この解義を深く信じて、「十日戎」の期間中にお参りすれば、通常の何十倍もの力強い福徳と恵みが授かることを約束しておこう。




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by 2nike | 2016-03-08 17:44 | 神社で奇跡の開運

西宮神社は、忍耐と根気で商売繁盛に導く福の神

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


3月17日~19日は、深見東州氏のバースデイフェスティバルが行われ、まるで、十日戎(とおかえびす)の祭りを宵戎(よいえびす)、本戎、残り戎とやるみたい、という新聞広告があったばかりだが、ちょうどタイミング良く、このブログでも「神社で奇跡の開運」の西宮神社紹介の順番になった。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

阪神電鉄の西宮駅を降りると、朱塗りの豪壮な表大門が目に入る。本殿は三連の春日造りだ。豊臣秀吉が再建して以来、四百年間戦禍を免れ、その豪華な美しさを今も誇り続けている。祭神は、西宮大神(蛭子大神)、天照大御神、須佐之男之大神、大国主大神の四神である。現在、西宮神社は蛭子系のえびす大神総本社として知られるが、もともとは広田神社の摂社であった。

広田神社は、三韓討征から帰られた神功(じんぐう)皇后に、天照大御神が神がかり、「我が荒魂をば、皇居に近づくべからず。まさに御心、広田の国に居らしむべし」とのご神託を下されたため、天照大御神の荒魂を祭神として祀ったことに始まる。その広田神社の系列下にあった西宮神社(もとは夷=戎社)が隆盛を誇るようになったのは、民間のえびす(戎)信仰が盛んになったためといわれる。

この蛭子神とは、イザナギ、イザナミの最初の子であったが、「御子の数に入らず」とその存在を認められぬままに、船に乗せられて流されてしまった神である。水子霊のようなかわいそうな神様だが、つまりそのことは蛭子が他の地から流れついた漂流神であるということを物語っている。

ところで大国主は、音読みすれば「ダイコクヌシ」となるので、大黒天、いわゆる大黒様と同一視される傾向があった。大黒様は仏教の仏様であるが、しばしば戎さまとコンビを組んでおり、その戎様とは事代主と同一神であるとされる説が一般にも良く知られているものである。

この説はどこから来たのか。もうひとつのえびす信仰の由来を見れば、その理由が判明する。島根県の美保神社には事代主之大神が祀られているが、この神様は大変な釣り好きであったこと、そして天孫降臨の際に国譲りをした後、自ら船を傾けて海中に姿を消されたことが伝えられている。ちなみに、大黒天で有名なのは、伝教大師最澄が比叡山で祈祷している時、忽然として現出した三面大黒天である。この大黒天は日本生まれで、三仏が合体した仏様である。それ故に、天台宗では甲子(きのえね)の日に大黒天の修法を行い、観音経を唱和する習わしがある。

その伝統を別な形で継いだのが日蓮である。法華経流布のために日蓮は大いに大黒様のお力を仰いでいる。また、猟師の間に伝わる民間信仰では溺死体をえびすと呼び、死体を拾うと豊漁になるともいわれた。

いずれにせよ、えびすが豊漁、すなわち福をもたらすところから転じて商売繁盛の神として全国的に広がっていったのが、えびす信仰だとされる。もっとも、この神様は平安時代には軍神であり、またバクチの神様であるとされていた。したがって勝ちを呼ぶところから転じ、商売という生業、とりわけ富を得る神となったのかもしれない。




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by 2nike | 2016-03-07 22:29 | 神社で奇跡の開運

知られざる三輪大神の功徳

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


深見東州氏が体験した三輪大神の功徳は次の三つ。
・もめごと、裁判ごと、男女の別れについて、遅くとも3ヵ月以内に白黒をつけてくださる。
・悪霊・邪霊などの「もののけ」を、ビシッと抑えてくださる。
・資金繰りの守護をしてくださる。普段は三宝荒神、決死の覚悟の時は三輪明神と思えばよい。

資金繰りに関する三宝荒神については次のエントリーが参考になるのではないだろうか。
金運三神とは、月末集金の役は三宝荒神様、売り上げの役は蔵王権現様、販路拡張の役は三面大黒天様

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

さて、ご祭神の具体的な功徳について述べてみよう。神社のほうから発表してくださったご神徳には、一点の誤りも狂いもないが、私が体験した、意外と知られていない功徳もあるので、加えて覚えていただきたい。加えるのは三つの功徳である。

一つ目はトラブル、もめごと、裁判ごと、特に男女が別れるか一緒になるか迷っている時など、早くて三日、遅くとも3ヵ月以内にはっきりと白黒をつけてくださるという徳。二つ目は、悪霊・邪霊などの「もののけ」を、ビシッと抑えてくださる徳。三つ目は、資金のやりくりの守護をしてくださる徳である。

一つ目は、神社史の中で出てくる説話でおわかりいただけるだろう。

二つ目は、少々説明が要るが、これも崇神天皇が三輪の大物主之大神をお祀りすることで、国中に跋扈する悪鬼邪霊を鎮めたと解すれば、いともわかり易い。

三つ目の資金繰りのことであるが、業績がまったく上がらなくて赤字が続いている会社には、住吉や諏訪の神を薦めるが、売り上げが好調なのに、決算をしたら赤字になる、資金繰りが逼迫して、月末にいつもフウウフ言ってるなどというときは、三輪の神様しかいないのである。

三宝荒神も効き目がなく、死ぬほど困窮したときなどは、三輪の神様へ決死の覚悟でお参りすることだ。

資金繰りが下手だという人は、財務という数字の世界に関与しても、大所高所から見た大愛に立ち、会社における非常の役割に徹し切れない人である。そういう甘さを三輪の神様は取り押さえて、大物主にしてくださるわけなのだ。だから、普段は三宝荒神、決死の覚悟の時は三輪明神と思えばいいだろう。

最後に、どうしてもこれだけは言っておきたいことがある。それは、この三輪大社ほど霊能者がよく出入りする神社はない、という点だ。誰もが「霊験あらたかである」と実感し、巷の霊能者の占いや近未来の予知や霊の霊査などに、霊力を添えているとはどういうことなのか。それは、三輪の神様のご眷属である蛇神が、人のついていささか低次元の霊能を、その望みに応じて与えているのに過ぎない、ということになる。

だが、本当の三輪の神様とはそんなものではない。崇神天皇の史実を見てもおわかりのように、天下国家の平安と皇室の弥栄を守護される大霊神であり、その時にとる本当の御姿とは、三キロメートルにも及ぶ大黒龍王なのである。金色に輝くその清澄なる目は、一点の私心も持たず、皇室の弥栄と天下国家の平安のみを祈る人にしか、決して姿をお見せにならないのである。

三輪の神様に限らず、大神霊や大神床とは、よって来る所の人の無私無欲さや志の大きさ、研鑽の深さや求道神の強弱などに相応してその御姿を現わし、功徳の強弱、大小、高低、深浅などをお決めになるのである。





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by 2nike | 2016-03-04 20:21 | 神社で奇跡の開運

大神神社(三輪神社)の霊的なお働きと神威

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


深見東州氏がご神霊から伺った三輪伝説の秘密の真相は、処女懐胎伝説を通し、「孝霊天皇の直系の種を受け継ぐ血脈が、代々、三輪大社の神主として仕える仕組みつくること」だった。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

神々の第二の郷里ともいうべき大和地方の神奈備(かんなび)山(神様が宿る山)、三輪山は標高四六七メートル。大神神社はその麓にある。本殿はなく、拝殿のすぐ奥に三輪の三つの鳥居があり、山頂に向かって辺津、中津、奥津の磐座が配され、山頂には摂社である高宮神社がある。本殿がないのは、諏訪大社と同様、神奈備山である三輪山をご神体としているからだ。祭神は、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)、大己貴神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)の三神である。

ところで、神典によると、三輪の神は蛇神であることになっている。たとえば、三輪の神にまつわる伝承に、処女懐胎伝説がある。太田田根子の母親、活玉依媛(いくたまよりひめ)は処女であったにもかかわらず妊娠した。母親が問いただすと、「夜、立派な男性が訪ねてくるが、正体はわからない」と言う。そこで、赤土を床の周りに敷き、麻糸を針にさし、男が訪れてきた時にその衣服に刺しつけることにした。

彼女が男と熱い夜を過ごし、朝になると麻糸が鍵穴を通り抜けて、三輪山の神社にまで延びていた。その時に、糸巻きに残った糸は三勾(わ)(三巻き)しかなかったので、その地を美和と呼ぶようになったとされる。

つまり、大神神社の神は、蛇神なのであるが、私がご神霊に見せてもらった姿は、直径八十メートルぐらいの大白蛇神であった。それが三諸(みもろ)山にとぐろを巻いて鎮もっておられるのである。

鍵穴から麻糸が通って、三輪神社の前で終っていたという説話は、三輪の大神の霊威を人々に知らせ、さらに三輪の神の息吹を受けた子種を、その家系から輩出させ、後に三輪の神主として神仕えさせようという尊い神計らいからなされたことなのだ。

私がご神霊から伺った真相はこうである。孝霊天皇の直系にあたる三十五、六の、少し落ちぶれ気味の皇族筋にあたる男性に、三輪の大神はある時、神計によって乗り移られた。彼には八人の子供と妻が三人もいたが、二番目の妻の実家の勢力が強いために諍いが絶えず、しょっちゅう家をあけていたのである。ある時、美しい活玉依比売を見初めてしまった彼は、とうとう夜這いを決断した。何度目かの夜、着物に糸を通した針が刺さっているのに気がついた。

「針を鍵穴から通して、神の社の所ぐらいで置けば、この世ならざる者がしたと思うだろう。そうして、ここはもう家人に知られてしまったようだから、再び訪れるのはやめておこう。うん、これはわれながら妙案だ」と、夜明け間近き頃に、彼はその妙案を実行に移したのである。

このような現実の筋書きを通して、三輪の大神の霊的な働きと神威が人々に伝わったのである。

孝霊天皇の直系の種を受け継ぐ血脈が、こうして三輪大社の神主として、代々仕える仕組みが出来上がったわけだ。




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by 2nike | 2016-03-02 22:33 | 神社で奇跡の開運

熱田神宮は一般には、「ゴタゴタしたことをスパッと解決したい時」に参拝する。

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熱田神宮の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「意志と勇気を奮い立たせる戦勝の神」

本文中の「伊吹山の祭神を、そのご眷属だと審神の誤りをしたために、毒気を吹きかけられ、それが元で日本武尊は亡くなった」ということについて、以前、深見東州氏が解説されたことを思い出す。

祭神とご眷属の審神間違いというのは、わずかな違いと思うかもしれないが、そのわずかな違いを審神できないことで命を落とすこともある。それほど、審神というのは玄々微妙なるものだ、ということだった。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

神宮の祭神は熱田大神と呼ばれるが、これは三種の神器、草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代とする天照大御神のことと考えてよい。

草薙神剣は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の手によって、八岐大蛇(やまたのおろち)の体内から取り出された。素戔嗚尊は、この剣を高天原の天照大御神に献上し、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と命名された。その後、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が天孫降臨の際、天照大御神から授けられたこの神剣は、鸕鷀草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の手を経て神武天皇に渡り、三種の神器の一つとして宮中に祀られていた。

第十代崇神天皇は、皇女、豊鋤入姫(とよすきいりひめ)を代理として立て、三種の神器のうち、剣と鏡を大和の笠縫に移して祀ることにした。さらに垂仁天皇の代に、倭姫命(やまとひめのみこと)が伊勢の五十鈴川の上流にそれらを移した。この地が伊勢神宮である。

景行天皇の御世に、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征するが、伊勢神宮に参拝した時、叔母である倭姫命が神剣を授けた。日本武尊は、駿河国で敵に襲われ、周辺の野に火をつけられて危機に陥った。そこで、神剣で草をなで切り、火を逆に返して難を逃れ、ついに戦いに勝つことができたのである。これにちなんで、神剣は草薙神剣と呼ばれるようになった。

東国を征した日本武尊は、尾張の国で宮簀媛(みやずひめ)と結婚し、この地にとどまりつつ、周辺を平定していた。そんなある時、伊吹山の神と戦うことになった。だが、日本武尊は、「いかなる時にも剣を離すな」という倭姫命の言葉を忘れ、宮簀媛に剣を預けたまま出陣した。

山中にかかると、突然、白い猪が現れ、それが伊吹山の祭神なのであったが、ご眷属だと審神の誤りをしたために、日本武尊に毒気を吹きかけた。戦いは日本武尊の勝利に終ったが、毒気に当てられた彼は間もなく亡くなってしまう。

天皇は皇子の死を嘆き悲しまれ、社を建て、その魂を鎮め、尾張氏をしてこれを祀らしめた。これが熱田神宮の創始である。

さて、熱田神宮を深く崇敬したのは、室町時代の将軍・足利尊氏であり、また、織田信長も永禄二年、桶狭間合戦の折り、戦勝祈願をした。

無信仰の猛将として名高い信長ですら、「絶体絶命になった時には、熱田神宮のご加護を受けるしかない」と思ったのだろう。つまり、剣の神は戦勝の神であるとともに、意志と勇気の神でもあるのだ。

熱田神宮は一般には、「ゴタゴタしたことをスパッと解決したい時」に行けばよい神社だからである。また、最後のドン詰まりに踏ん張って、強い意志力で天照大御神の光明を照らすことにより、本体を救う働きがある。

戦では、しんがりを務めるのは難しいとされている。特に味方が負けて引き上げて行く時が最も難しいとされ、よほどの力量がある武将でないと務まらないといわれている。

日本国の国政をはじめ、私たちも大変な状況でしんがり的な役割を果たさなければならない時には、熱田の大神が剣の意志力と粘り、そして周囲を従わしめる天照大御神の光明と御稜威(みいず)を与えてくださるのである。




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by 2nike | 2016-03-01 20:23 | 神社で奇跡の開運

白山比咩神社(2)「戦後、御当番が回ってきた白山菊理媛様」

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


白山比咩神社の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「戦後の『神の仕組み』」

本文の「神の仕組み」を解説されているカ所は、とても味わい深い。ワールドメイトで学んでいると感じることだが、愛のない予言を外したり、人々の赤誠の祈りに応えて災いを回避するなど、これらは神様が途中で筋書きや台詞が書き換えている人間ドラマや歴史ロマンなんだと思うと、感嘆の極みである。

「神霊界から用意された、地上における人間ドラマや歴史ロマンの筋書き、あるいは脚本」である。結論は同じでも、途中で筋書きや台詞が書き換えられたりするお芝居の脚本のように、一層のふくらみと遊びと間があるのが、「神の仕組み」である。


以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

ところで、冒頭に述べた戦後の神の仕組みの中心神域であることについて、若干述べておこう。

読者の中で、こういう分野について詳しい方ならご存じだと思うが、時代によって吉野信仰、熊野信仰、金比羅信仰、戎信仰、宗像信仰、八幡信仰などというように、その時代を代表する神社や信仰の形態があり、それが時代の変化とともに常に推移しているのである。それは、単なる偶然による流行すたりに過ぎないものなのか。それとも、神界からの深い御計らいによるものなのか。

今までの、私のすべての著書を読まれた方なら、すぐにおわかりのことと思うが、尊い御計りによるものなのだ。それは、いわば日本の神界で行われている、「神々の当番制」のようになっていて、その時に御当番になっている大神社のご神霊には、宇宙の祖神であり、元神であるスの親神からの大権限が委譲されている。

そして、その御当番にあたっているご神霊に対して、日本中の大神社のご神霊が加勢されるのである。御当番の神様は、一体どのような基準で決められるのかといえば、まず、そのご神霊の個性なり基本的な神界の役掌が、その時代の主神のご神業のニーズにあうかどうかで決まる。

次に、その時代の仕組みがなされる地域や、その時代の仕織(ドラマ)に現れるヒーローのキャラクター、そして、その人の御魂や先祖らとの神縁や神契などによって決定されるのである。

「神の仕組み」を一言でいえば、「神霊界から用意された、地上における人間ドラマや歴史ロマンの筋書き、あるいは脚本」である。結論は同じでも、途中で筋書きや台詞が書き換えられたりするお芝居の脚本のように、一層のふくらみと遊びと間があるのが、「神の仕組み」である。

また、「仕織」という言葉も同様の意味であり、これがわからないと、神社やご神霊の当番制の真意やその背景も理解できないだろう。そういう背景があって、戦後は白山菊理媛(はくさんきくりひめ)様に神の仕組みの当番が回ってきて、白山神域が日本神霊界の中心的な役割を果たすようになったのである。

菊理媛は、別名ククリヒメとも申されるが、ククリとは、結びつける働きを指している。なお、この結びつける力については、神のお許しを得たうえで、時期がくればもっと詳しく読者諸兄にお教えしたいと考えている。

時代によって、神の仕組みを担うご神霊は交代するが、いかなる時代にいかなる神霊が、仕組みの当番として前面に現れようと、日本民族、日本国家、そして皇室の命運に関しては、伊勢神宮に坐す天照大御神の管轄にあり、その仕組みは永久に変わることがないのである。



※本文にある「ス神(すしん)」の「ス」は、「○」の中心に「・」を入れた表記が正しいものだが、便宜的に「ス神」とした。


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by 2nike | 2016-02-26 23:31 | 神社で奇跡の開運

白山比咩神社(1)「白山は御魂の故郷であり、戦後の神の仕組みの中心をなす大神域」

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


白山比咩神社の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「恐ろしく厳しく、最も有難い命の水の親神」

●白山神界とそこにおわす神々は、スケールが大きくて奥深く、しかも極限の透明感をもつ空恐ろしいほどに厳しい存在。
●しかし、敬遠することはない、それだけはっきりとした神力と霊験を顕される神様であり、本当は最も有難い神様である。
●正神界の神様とは、神に向かう人のレベルと内容と至誠に合わせて功徳を授けてくださる。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

「白山は御魂の故郷(ふるさと)であり、戦後の神の仕組みの中心をなす大神域である」と記しても、一般の読者には訳がわからないだろう。そんなことよりも、いかなる「お陰」がいただけるのか、早く知りたいと考えている人が多いに違いない。

だが、白山の持つ、とてつもなく偉大な全容を知ることなくして、個々の功徳を求めることはできない。全容を知らなければ、功徳の原点にある法則や、中心に坐(ま)します神霊と、真に感通することができなからだ。

そしてまた、真に感通することができずして、そのご神徳を縦横無尽に取り次ぎ、自己の向上のために自在に活用することができないのである。

白山の全容を捉えるには、よほど広い角度の視野を持たねばならない。白山神界とそこにおわす神々は、スケールが大きくて奥深く、しかも極限の透明感をもつ空恐ろしいほどに厳しい存在なのである。

ところで、一般に恐ろしい神様、厳しい神様というと、思わず敬遠したくなるのが人情であるが、本当はそうではない。それだけはっきりとした神力と霊験を顕される神様であり、本当は最も有難い神様なのである。

恐ろしい、厳しいというのは、俗の思いや煩悩の雲に対するご神霊の動きが、速やかであり、徹底しているということだ。一分のスキも許さない、だからこそ完全なものができあがる。人に神を取り次ぎ、己に対して厳しく立ち向かい、技量を完全なものにしたいと欲する者にとって、それは、この上もなく有難いことではないだろうか。

しかし、そういう神の大愛を、いったい幾人の人が欲し、喜んで受け入れるものだろうか。数としては、決して多くないと思う。正神界の神様は本来、強制や強要をなさらないものである。ただただ、根気強く説いて、各人の自覚と発願を待つのみである。だから、私も一切の強要と強制はしたくないのだ。

ワールドメイトという会員組織にしても、そのあり方を断固として貫いている。ただし、すでにしっかりした自覚と発願を抱き、信仰心が燃えさかっている人に対しては、厳しさも善として吸収されるので、私が率先垂範して、本当の白山の厳しさと恐ろしさと、ものすごい大神威発揮するすばらしい道を教えている。

会員でも、人を選んで教えているのである。それが、白山神法悟得会である。だがしかし、一般の読者はそこまで向かう必要はないと思う。神社が発表しているように、白山は命の水の親神様であり、報恩感謝の気持ちでお参りになれば、決して恐ろしいことも厳しいこともないのだ。

ただ、驚くばかりの霊験を発揮されて、功徳を授かることになるだろう。正神界の神様とは、それに向かう人の、レベルと内容と至誠に見合った分だけしか動かれないからである。それが真の平等であり、神の愛の発露であるといえよう。




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by 2nike | 2016-02-23 21:12 | 神社で奇跡の開運