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「異能の人・深見東州の履歴書」連載第15回は、ドミンゴとの共演 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第15回(2016年6月)は、第4回東京国際コンサートでのプラシド・ドミンゴとの共演についての内容。

深見東州氏は、平成27年6月、世界3大テノール歌手の1人、ホセ・カレーラスとの歴史的共演で、日本中を驚かせたが、それだけでは終らなかった。平成27年8月26日、「第4回東京国際コンサート プラシド・ドミンゴと、深見東州となかまたち」で、もう1人の世界3大テノール歌手、ドミンゴとの共演を東京国際フォーラムで実現させ、真夏の夜を揺るがす快挙を果たした。

先日も「第5回東京国際コンサート」が新国立劇場オペラパレスで行われ、ディーバこと、世界のソプラノ歌手アンジェラ・ゲオルギュー氏と深見東州氏の共演が行われたばかりだが、深見東州氏の人脈の広さ深さには驚くばかりである。






衝撃的なドミンゴとの共演から、もう1年近くたってしまったが、この記事で、深見東州氏の歌唱に対する考え方と、プラシド・ドミンゴとの出会いについて書かれたカ所があるので引用してみたい。


オペラ歌手深見氏は、歌曲、ジャズ、歌謡曲、アリアと、どんな歌も歌うが、どれも自身が工夫した独自の歌い方をして、聴く人を感動させる。
「(評論家が言うように)”歌曲は軽くアリアはドラマチックに歌う”という規則は、どこにもありません。だから、いままでになかった歌曲の歌唱を工夫することが、すぐれた芸術家としての、オペラ歌手のあり方です」と、深見氏は歌唱について述べている。


巨星プラシド・ドミンゴと深見東州の出会いは、どこであったのだろうか。
「実は、私の声楽の師であり世界五大バリトンの一人だった、グレゴリー・ユーリシッチは、プラシド・ドミンゴの親友で何度もオペラで共演したのです。ドミンゴが”オテロ”を歌う時の、最も優れた”イヤーゴ”でした。そして、”私の最も好きなバリトン”と言って、ドミンゴは讃えました。だから、私はグレッグ(グレゴリー)から、プラシド・ドミンゴがいかに素晴らしいか、いつも聞いていたのです。その縁で、グレッグと私が、西オーストラリアの州都パースに、若手オペラ歌手を育成する”オーストラリアン・オペラ・スタジオ”を設立した時、プラシド・ドミンゴがそのパトロンに就任して下さいました」と言う。
そうしたドミンゴとの信頼関係で結ばれた縁で、深見氏はこのコンサートで、ドミンゴと共演し歌えることに感謝の念を持って臨んだ。



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by 2nike | 2016-08-19 20:58 | 異能の人・深見東州の履歴書

「異能の人・深見東州の履歴書」連載第14回は、ホセ・カレーラスとの共演 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第14回(2016年5月)は、第3回東京国際コンサートでのホセ・カレーラスとの共演についての内容。

「世界三大テノール歌手」と言えば、ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴ、そして故ルチアーノ・パヴァロッティ。
昨年六月、深見東州氏は、そのカレーラスと、また八月にはドミンゴと、東京国際コンサートで歴史的共演を果たした。

ちなみに、東京国際コンサートで招聘し、共演した歌手は次のとおり。
平成25年、第1回は、キリ・テ・カナワと共演。
平成26年、第2回は、ルネ・フレミングと共演。
平成27年6月、第3回は、ホセ・カレーラスと共演。
平成27年8月、第4回は、プラシド・ドミンゴと共演。

また、カレーラスに関する過去のエントリーは次のとおり。
東京国際コンサート ホセ・カレーラスと、深見東州となかまたち

世界芸術文化振興協会主催「第3回東京国際コンサート」

以下は、月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第14回(2016年5月)より

平成二十七年六月十五日、新国立劇場オペラハウスで、三大テノールの一人ホセ・カレーラスが、深見東州、コナル・コードと「東京国際コンサート」に参加。三人で合計三十曲を歌い、二千人近い聴衆は世界の歌声に酔いしれた。このコンサートは世界芸術文化振興協会(IFAC)主催で、音楽を愛する人々への、社会貢献の一環として無料で開かれた。


第一部は「オペラの楽しさを、多くの人に知ってほしい」ということで、深見氏とコナル氏がオペラの有名曲を中心に交互に歌い、第一部の最後には、深見氏とコナル氏が手を取り合って、日本の心の歌「ふるさと」を歌った。そして、深見氏が「ダニー・ボーイ」を歌って締めくくった。

第二部は、ホセ・カレーラスが登場する。舞台のカレーラスを描写した言葉を拾ってみると、
「会場全体がカレーラスの世界になったような、神々しいオーラを感じさせる」
「『かっこいい!』と聴衆からため息と歓声がもれる」
「ステージに立つカレーラスの佇まいは、聖者といってもいいような厳かな雰囲気をただよわせる。白血病という苦難を乗り越えた静かな強さを感じさせる」
「まるで、女性に愛の言葉をささげるように。彼の愛の世界が出現する」
「鳴りやまぬ拍手の中で、カレーラスは何度もうなずき、笑みを浮かべて舞台をさがった。感動の拍手がいつまでも続いた」

第三部では、カレーラス、コード、深見氏の三人が舞台に登場した。
「川の流れのように」を深見氏が二小節歌い、カレーラスが後を引き継いで歌う。最後は三人の合唱。カレーラスはこの歌を得意としているというだけに、流ちょうな日本語で歌った。
そして、「魅惑の宵」を三人が英語で交互に歌った。またカレーラスは「カタリ・カタリ」をしみじみと歌った。
最後に三人がそろい、手を取り合って客席に一礼し、最高のステージが終った。



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by 2nike | 2016-07-20 17:45 | 異能の人・深見東州の履歴書

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第13回  2016年4月  - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


5月27日の「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」で、7月21日に、武道館で深見東州オリジナルソングコンサートが開催される旨、告知されていた。チケットは、たちばな出版のホームページで発売中とのこと。

なお、詳細は「ワールドメイトブログ 豊かな人生を」さんのページに、「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年5月27日後半が書き起こしされている。

さて、昨年9月19日に武道館で行われた深見東州氏の単独コンサートのリポートが「異能の人・深見東州の履歴書」に載ったので、昨年のコンサートの記憶を辿ってみたい。

昨年の深見東州氏の単独コンサートの新聞報道などは、こちらのエントリーをどうぞ。

深見東州氏の武道館単独コンサートに行ってきた

深見東州氏の武道館単独コンサートの記事が、スポニチ、日刊スポーツに掲載された

深見東州氏 単独武道館コンサートの記事が、スポーツ紙4紙に掲載された。

コンサートのタイトルは、「深見東州の武道館単独! 老若ニャンニャ、好みのアレレ、 音楽のジャンル・ダルクに関係なく、チャメチャメ楽しいコンサート!」

この日は「東州巨大オーケストラ」をバックに従えた、豪華な雰囲気だが、彼らもTシャツスタイルでリラックスして演奏する。
「ジャジーに行きましょう」と言って、満員の武道館での一曲目は、ジャズの名曲『A列車で行こう(Take the A train)』。ノリよくスタートを切った。するといきなり、バーンと言って、銀色の細かいテープが、天井から雪のように舞い落ちてきた。

「ワー!」と上がる歓声に、「今日はいろいろな仕掛けがありますよ。ラスベガスの最高級キャバレーのようでしょう」といいながら、「えらく暑いね」と白いジャケットを脱いだ。早くも熱気がみなぎっていた。

オーケストラに向かっても「ユンケル飲んだ?」とねぎらう。絶好調の滑り出しだ。
『いそしぎ』『ミスティ』『サマータイム』などのスタンダード&ジャズを聴かせる。

隣の席のご婦人も、うっとりして聴いていた。
「ロサンゼルスに三年いたので、懐かしくて涙が出るわ。深見さんって発音が抜群ね」

スタンダード&ジャズを歌った後は、「ラスベガスの最高級キャバレーから、一気に四畳半の世界にいきます」と笑わせて、『神田川』『旅の宿』など、日本のフォークソングを披露する。

ここで深見氏は、タイガースのヴォーカルジュリー(沢田研二)になって歌う。『君だけに愛を』では、観客席に向かって全方位に指を差し、「君だけに!」を連呼した。
『シーサイド・バウンド』でも、「ゴー、ゴー」と観客席との掛け合いを楽しむ。「午前中に歌っても、ゴーゴーなんです」とジョークも絶好調。

そして次は、「中高年の皆様に」と言って演歌に突入した。内山田洋とクールファイブの『東京砂漠』では、和服の衣装に着替えて前川清のモノマネで笑わせる。この日もステージに何着もの洋服や和服を用意して、歌ごとに着替えて間を取っていた。いつもながら、舞台に沢山の衣装をそろえておいて、状況に応じて着替える。

コンサートの山場に入り、ここで深見氏は『I lost my love』以下四曲のオリジナル曲を披露した。『恋するオトメ』は、深見氏の高校時代の思い出を託した歌だ。

この後、『ヘビーローテーション』など、AKB48のヒット曲で最大の盛り上がりを見せ、『We are the champion』(クイーン)でコンサートを締めた。

アンコールの大拍手の中、深見氏は、アニメソング『マジンガーZ』『ルパン三世のテーマ』を歌う。大喝采の中、観客全員のジェット風船が飛んだ。

オーラスは、長渕剛の『乾杯』だった。この夜も、武道館のステージいっぱいに歌って踊り、ギャグを放って、観客と一体になる深見氏の独壇場だった。



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by 2nike | 2016-06-03 17:34 | 異能の人・深見東州の履歴書

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第12回  2016年2月 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第12回は、昨年7月上演された第6回の定期公演についての記事。

第5回公演は、プロレスと演劇を融合させ、本物のレスラーがゲスト出演した驚きの演出。第6回公演では、深見東州氏の造語による「ミュージオモ」と「ウタントマイム」が演出された。ミュージカルより面白く、重厚な歌があるので、「ミュージオモ」。また、幕間に深見東州氏が、歌いながら声帯模写やパントマイムを行うので「ウタントマイム」である。

第7回定期公演(5月14日、15日)が近づいているので、この機に、「異能の人・深見東州の履歴書」より昨年の公演を振り返ってみたい。


歌も芝居もパントマイムもフル回転!
ミュージオモにウタントマイム、
新感覚の深見ワールドが炸裂

深見東州氏は、「明るすぎる劇団・東州」という劇団の団長も務める。第6回の定期公演が開かれたのは、昨年7月。由緒ある新国立劇場中劇場での公演だ。

会場前のロビーで、劇団ファン達に話しを聞いた。「待ちに待った」という女性ファンの一人は、「劇団東州の公演はワクワクする」という。毎回何が飛び出すかわからない、アッと驚くパフォーマンスをするので、皆楽しみにやって来るのだ、と。

確かに、前年の第5回公演では、なんとライブプロレスと演劇が融合。本物のレスラーをゲスト出演させ、ステージいっぱいに、格闘技的演劇が繰り広げられた。新国立劇場でプロレスを見せたのは、後にも先にも劇団東州だけだ。

「演劇」という表現方法の枠内には、何でも盛り込める。確かにそうだが、その枠を、実際これほど自在に広げて見せたところに、深見氏の発想の豊かさがある。その自由さがワクワクを生む。そこに劇、歌、ダンス、ギャグ、さらにプラスアルファ(プロレスもそうだ)が、これでもかと詰め込まれている。エンターテインメントの多様性が半端じゃないのだ。「ここまでやるか!」という面白さに唸り、ハマってしまう。

そして、今回は、「ミュージオモ」に「ウタントマイム」である。

これは勿論、深見氏の造語だ。ミュージカルより面白く、重厚な歌があるので、「ミュージオモ」。また、幕間に深見氏が、歌いながら声帯模写やパントマイムを行うのが「ウタントマイム」。

普通のミュージカルは、出演者一人一人が歌うが、ミュージオモでは、オペラ歌手の団長・深見氏が一人で歌う。いわば、芝居を行う演者たちとオペラ歌手の、タッグマッチ。コラボであるところが斬新だ。しかも、オーケストラがバックについて、全23曲だという(!)。それはもう、ライブコンサートそのものだ。

かくて観客は、演劇とコンサートを一度に体験する。さらに幕間のウタントマイムが、メインディッシュの劇に引けを取らぬほど、存在感のある一品なのだ。「盛り沢山」と言わずして、何と言おう。観客の昂揚感、ワクワク感は、終演後「夢のような時間でした!」とファンが言うのも頷ける。

また驚くのは、深見氏の役どころだ。氏はこの公演で、原作、演出、脚本、衣装、音楽、歌、幕間マイムの7役をこなすという(深見氏は衣装デザインも手掛け、かつてデザイン画コンテストで五千点中の二位に入賞したこともある)。

そして実際、観劇すると、単なる名前だけの役割でなく、各要素がきちんと有機的・立体的に相乗効果を上げている。まさに「ルネサンスマン」深見東州にしか、実現できない舞台になっていたのだ。



まさに、これがミュージオモ

演目はまず、『南極物語』からスタート。二〇一三年に初演された人気作品だ(演目は、全て深見氏の小説を戯曲化したもの)。

『雪の降る町を』を歌う深見氏の歌に乗せて、物語は始まる。「南極大陸で、私は一匹のペンギンと出合い、次第に仲良くなり愛し合うようになる。しかし、楽しい時間は長くは続かず……」という、笑いと涙、感励に満ちたストーリーだ。

深見氏は、この中で『南極』、『ペンギンの歌』、『アザラシの歌』という、自身のオリジナル曲を歌った。そして、この『ペンギンの歌』に合わせ、俳優も息の合ったタップダンスを踊る。まさに、ミュージオモだ。南極に引っかけて「何曲歌った?」「君の電話は何局?」と、ギャグもいきなり飛び出す。

最後は、氷になった私とペンギンが樹氷のように寄り添う。決め言葉は「永遠にキミをアイス」。ユーモアのオブラートにくるみつつ、どこまでも美しいミュージカルファンタジー。その華麗さが、『アナと雪の女王』を思い出させる。

そう、今回の公演で目を見張ったのは、舞台美術の素晴らしさだ。この『南極物語』も、ファンタジーな氷の世界を見事に表現していた。俳優たちの息もぴったりだ。劇団全体がノリに乗っている。

そして、会場が大いに沸いたのが、幕間のウタントマイムとミニコンサートだ。深見氏の幕間パントマイムは、毎回の公演で大人気だが、今回は歌いながらパントマイムや形態模写、声帯模写をした。「ヘアドライヤー」では、ブーン、ブーンという音を弱、中、強、そしてターボの音で表現。細かい所のこだわりが凄い。キキキといった「ファックス」の音も、二枚、三枚と送る枚数によって、音が微妙に違う所まで表現すると、会場は爆笑の渦。
「(声帯模写は)のどを圧迫するから、声楽家にとってはよくない」と言いつつも、リミットなしの大サービス。これでもかと観客を湧かせる。

幕間コンサートでは、『知床旅情』(森繁久弥)、『霧の摩周湖』(布施明)、『熱き心に』(小林旭)を熱唱。いずれも、次の演目の『民宿』が、北海道を舞台にしているので、橋渡しをしているのだ。森繁久弥や美輪明宏の歌マネをし、トークでは友人・小林旭との交流秘話を披露。彼は足を鍛えるため、家では足に3kgずつ重りをつけて歩くという。だから、ああいう歩き方になるという。そこで、小林旭の歩き方を実演する。単に「万能のアーティスト」というだけでなく、何から何まで、エンターテイナーに徹しているのが心地よい。

演劇専門誌『演劇ぶっく』は、2015年10月号で劇団東州を取り上げ、こう表現している。
「いい意味で、べ夕にストレートに笑いと涙で押しまくるステージは、まさに、ライブの楽しさに溢れている。なによりも、主宰者みずからが獅子奮迅し、観客を楽しませようとする思いが、公演のすべてに反映して、観客をとりこにしている」。まさに、的確なコメントである。



感動の中に、驚きの演出も

初公開の新作『民宿』。『イヨマンテの夜』『北酒場』の歌で、観客は北海道と熊に導かれる。寒い寒い北海道で、男が暖房をつけたことから始まる、まさかまさかが連続する、歌って踊るドッキリミュージオモ。飛び交うギャグと深見氏の歌、さらに俳優の見事なタップダンスに、会場は拍手と笑いで盛り上がった。

第三幕は、爆笑名作の「盛り場』。以前より、さらにヒートアップした新演出で登場した。
「とある盛り場で、どこにでもいそうな平凡な男が、バーボンを飲んでいた。ふと横を見ると、めったにいないような美女が一人……」という始まりだ。ナレーションは、アーノルド・シュワルツネッガーの声優玄田哲章氏。なんという、贅沢な演出なのだろう。

「好みのタイプだ」と男が心の中で思うと、「どうぞご自由に」と美女が話しかけてくる。このバーでは心の中が筒抜けになることに、びっくりする男。なんとか美女をゲットするも、その美女が実は……と、話は衝撃の展開に。

さらに、激しい『ルパン三世のテーマ』『サソリ座の女』の歌に合わせ、襲われる男は大パニック。最後は、深見氏も登場して男の顔にパイを投げつける。このパニック。ホラーの大騒ぎによって、男が「妻のもとに帰ろう」と決意する幕切れ。男の人生をシュールに、そしてエキセントリックに描いた作品。爆笑の中にも、何か胸に残るものがある。

そして、再び幕間コンサート&ウタントマイム。深見氏得意の動物の形態模写では、シャチとイルカ、微妙な違いを演じ分ける。「いろいろなサイレン」の声帯模写では、消防車、救急車、パトカーなど、おなじみのサイレンの違いを演じ分ける。

「能楽師は、最小限の動きで最大の表現をするのです」という。観察力、表現力、演者のサービス精神が、観客を飽きさせずにパフォーマンスに引き込む。まるで、物マネのコロッケのディナーショーのようだ。

最終の第四幕は、劇団公演の中でも大人気の『バッタに抱かれて』。
「人間の女性『私』は、不思議なバッタと出会い、家に連れて帰り一緒に暮らす。バッタはいつしか人間の大きさになり、私の大切な人になる。バッタとの幸せな日々が続くと思っていたが、バッタにはある秘密がありある日突然姿を消す」。こんな、人間の女性とバッタとの切なくも不思議なミュージオモである。深見氏のオリジナル曲『朝が来たら』と『I lost my love』が観客の胸を打つ。

そして、ラストシーン。深見氏の『残酷な天使のテーゼ』の歌声に会場の興奮と感動は、最高潮に達する。愛し合う二人。感動の結末を迎えるのだが。

なんと、ここで深見氏はステージに、本物のドローンをUFOのように光らせて飛ばす。宇宙を思わせる、意外で劇的なフィナーレを飾ったのである。

「面白そうなので、通販で買ったのです」。トボケたような、深見氏のトークに会場が沸く。少年のいたずら心を忘れない、深見氏らしい演出だった。



楽しさと、昂揚感があふれる新空間

「みなさん、満足していただけましたか」

無事に、四幕を終えた深見氏は、こう語ると七人の劇団員を一人ずつ紹介した。観客からは、温かい拍手が送られた。
「七人が色々な役を演じながら、ヘビーにローテーションをこなしたので、最後は、この曲を一緒に楽しみましょう」と言うなり、AKB48の『ヘビーローテーション』を歌う。観客は総立ちになり、劇団の7人はサイリウムやペンライトを振り、オタ芸を踊る。ステージと観客が一つとなり、熱狂空間を楽しむフィナーレ。

笑いと涙と感動の、歌う演劇「ミュージオモ」。そして、歌うパントマイム「ウタントマイム」は、大声援を受けて終演。ブラボ-の声とともに、いつまでも拍手が鳴りやまなかった。庶民を楽しませた、江戸の芝居小屋やシェイクスピアのグローブ座も、こんな熱気でいっぱいだったのだろう、と思う。

かつて、音楽とエンターテインメントを融合させた「クレイジーキャッツ」や、『8時だよ!全員集合』で、お茶の間を湧かせた「ザ・ドリフターズ」がいた。「明るすぎる劇団・東州」も、このミュージオモで一段と飛躍し、新たなジャンルの先頭ランナーになるのかも知れない。

しかし、深見氏のことだから、次の公演では、全く違う演出で我々を楽しませることだろう。



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by 2nike | 2016-05-02 21:37 | 異能の人・深見東州の履歴書

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第11回  2016年1月 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第11回は、2015年6月25日から28日に開催された「2015 ISPSハンダグローバルカップ」について。
本ブログでも、「2015 ISPSハンダグローバルカップ」関するエントリーは3つあるが、この連載第11回は、丁寧に取材し、とても良くまとめられていると思う。今振り返っても、日本のゴルフ界にとって画期的な大会だったことを再認識させられる。

「ISPSハンダグローバルカップ」は日本で2番目に格の高い大会だった

第1回「ISPSハンダグローバルカップ」は、革新的トーナメント運営


「ISPSハンダグローバルカップ」で、グローバルと大和魂を込めた”グリーン羽織”


2015年も年の瀬。ラグビー日本代表の大躍進を始め、男子体操37年ぶりの団体制覇、なでしこジャパンのワールドカップ準優勝など、この一年、日本のスポーツ界には、様々な活躍や驚きがあった。

長らく「元気がない」と言われた日本男子ゴルフ界にも、エポックメイキング的な大会が初開催された。六月の「ISPSハンダグローバルカップ」がそれだ。

日本の試合が、日本語と英語で解説され、五大陸一億三千万世帯に配信された初の大会。注目を集めた大会の様子と、主催者代表である深見東州氏の意図に迫る。




六大ツアー有力選手が集結、五大陸に映像配信 
日本のゴルフ界・グローバル化の第一歩が進む!

「2015 ISPSハンダグローバルカップ」主催・ISPS一般社団法人国際スポーツ振興協会)が、六月二十五日から二十八日まで、山梨県北杜市のヴィンテージゴルフ倶楽部で開催された。

大会には、世界六大ツアーの有力プロが集結した。2011年マスターズ優勝のシャール・シュワルツェルや、昨年賞金王のトーマス・アイケンが南アツアーから参戦。

米国PGAからは、2013年全米プロ優勝のジェイソン・ダフナーやチャーリー・ホフマン。欧州ツアーからはイアン・ポールター、豪州ツアーからはジョン・センデンも駆けつけた。アジアンツアーからは、2005年と2012年の賞金王タワン・ウィラチャン。まさに、各ツアーのトッププロ達だ。

日本のレギュラーツアーからは、2014年日本オープンゴルフ選手権優勝の池田勇太、5回の賞金王に輝く片山晋吾はじめ、トッププロ達が迎え撃つ。ISPS専属契約プロの谷原秀人、藤本佳則がホストを務める。

そして、並みいる猛者を抑え、大激戦を制したのは、日本の武藤俊憲だった。前年の足首靱帯断裂を乗り越え、劇的優勝で初代チャンピオンとなった。

この大会で、「日本のゴルフ界が、グローバル化への一歩を進めた」とゴルフ関係者は語る。今年から新登場した今大会、何がそれほど画期的だったのだろうか。



ガラパゴスからグローバルへ 斬新な試みで男子ゴルフ界に刺激

lSPS会長の深見東州(半田晴久)氏は、「今大会には、二つの意義があります」と語る。
まず第一に、日本のゴルフがさらにグローバルになるよう、世界六大ツアーのトッププロが集まる大会を、日本で開催したことである。

先に挙げた世界のトッブプロが、世界六大ツアーから日本に集結し、覇を競う。また、世界的に期待されるアマチュア選手や、有望な新人プロも多数来日。その規模と陣容は、日本のみならず、世界のゴルフファンの耳目を集めるに十分なものであった。

第二に、このグローバルな大会が、日本と世界でテレビ放送されたことである。日本の試合が、世界五大陸のテレビチャンネルに配信されたのは、史上初であるという。

ここで少し、世界のゴルフ界の現状を述べよう。

世界には、六つのメジャーなプロゴルフツアーがあり、これを「六大ツアー」(米国、欧州、豪州、南アフリカ、アジア、日本)と呼ぶ。

2015年現在、世界のゴルフ界は、米国PGAの一強に対し、欧州と南ア、アジアンツアーが、さながらEUのように、連合する動きが加速化している。そのとき、日本はどうするのか。どこにも属さず、ジリ貧化するのだろうか。それとも、これらと一緒に連合するのか。数年以内に、選択を迫られると予想されている。

だが、果たして将来、その選択権が日本に残っているかどうか。選択するまでもなく、日本が取り残される可能性も高いのだ。一番のネックは、テレビ放映である。

例えば、アジアンツアーは地元向けテレビ番組と、英語で解説する海外向けの番組を両方行っている。英語番組は、世界のゴルフチャンネルで放映され、五大陸の3億世帯に配信される。アジアンツアーは、欧州ツアーと共同主催することもあり、その際は配信先も6億世帯に増える。

だが日本のツアーは、アジアンツアーとの共同主催はあっても、欧州や南ア、米国や豪州との共同主催はない。英語で試合を解説し、それを世界の何億世帯にも配信する、というシステムがこれまでなかったのだ。

また、試合内容の問題もある。世界が「面白い」と熱中して見る試合とは、結局、世界的なスターや自国のスターが出てる試合なのだ。

ということは、日本の試合にも、世界的スター選手や各国の有望選手を集め、英語で解説して世界配信出来れば、日本ツアーが他のツアーと連合できる要素が強まるのだ。

こうしたことは、真剣に日本と世界のゴルフ界を憂慮する愛好家が、ほぼ等しく考えることだという。だが、これまで具体的な動きが出たことはなかった。各ツアーの試合が世界配信され、世界中のファンが楽しむ中、日本の試合だけは、世界にテレビ配信されない。「このままでは取り残される」と、多くの人々が感じながら、時間だけが過ぎていく。世界がグローバル化する中、日本はガラパゴス化の道を突き進んでいたのだ。この事は、オペラや絵画や福祉、宗教の分野でも言える事である。

そうなれば、世界における日本ツアーの存在は縮小し、埋没してしまう。ゴルフ愛好家が等しく危惧したこの状況に、風穴を開けたのが、まさに今大会だったのだ。

今大会では、この世界レベルの選手による日本ツアーが、初めて世界五大陸のテレビに配信された。試合に英語の解説をつけ、まずはアジアンツアーの放送枠から、一億三千万世帯に配信された。日本で行われた試合を、世界中の人が見られることになったのだ。

また国内では、テレビ東京系全国六局ネットにより、国内の七割(3773万世帯)がカバーされた。

「将来、ヨーロピアンツアーとも共同主催すれば、その放送枠も使い、さらに三億世帯以上配信できます。そこから六億世帯はすぐです。この二つの意義により、『グローバルカップ』と名付けたのです」
と深見氏は語る。



「タイタニックの法則」に則って

今大会で深見氏は、多くのスポーツ紙やゴルフ雑誌から取材を受けたという。どの記者からも、「こういう大会を待っていた!」という、歓迎と熱い期待を感じたそうだが、「なぜ、この大会の開催に、自ら動こうと思ったのですか?」と問われると、深見氏は決まって、こう答えている。

「タイタニックの法則というものがあるんです」。

これは、ある有名なジョークから取った、深見氏が提唱する法則だ。そのジョークとはこうである。

沈没するタイタニック号から乗客を救う時、どう説得すれば海に飛び込んでくれるか。ドイツ人には「艦長の命令だから飛び込め」と言えば、「アイ、アイ、サー」と言って飛び込む。イギリス人には「ジェントルマンなら、飛び込んで下さい」と言えば飛び込む。

アメリカ人には「保険をかけてあるから大丈夫」と言えば飛び込む。フランス人には、「美人が飛び込んだ」と言えば飛び込む。イタリア人には「飛び込むな」と言えば、飛び込む。

そして、日本人には「皆さん、飛び込んでおられるようですよ」と言うと、飛び込むという。国民性をよく表したジョークだが、本当に日本では、誰かが飛び込み始めると、追随して飛び込む傾向がある。それを、氏は「タイタニックの法則」と呼ぶのである。

すなわち、「重要で必要な事は分かってるのに、前例がなく、誰も飛び込まないなら、まず私から海に飛び込もう。そうすれば、他にも飛び込む人が続出するはずだ」。それが氏の想いなのだ。それは、過去に女子シニアや男子シニアでも実践し、この法則通りに盛り上げ、成功させた実績があるからである。

「今大会が突破口になり、日本のゴルフ界がグローバルに盛り上がることを、切に願います」

大会自体の成功を願うだけでなく、氏の視線はもっと先に注がれているようだ。そこには即ち、日本の将来を想う熱い心がある。

氏はこうも述べている。2020年の東京オリンピックが決まり、また、ゴルフはオリンピックの正式種目にもなった。だからこそ、日本の国威隆昌のために、男子レギュラーを盛り上げることに力を尽くすという。ここでも、一大会というより、「ゴルフ界全体」、引いては「日本」のためにという想いが貫かれている。これは、また「なぜゴルフに力を入れるのか」という、問いに対する一つの答でもあるだろう。



チャリティーを進化させ スポーツの力で社会をより良

また、今大会は、チャリティー大会としての側面も有している。社会福祉への寄付を行うだけでなく、本選前のプロアマ大会には、障がい者ゴルファーを招待し、プロと一緒にプレーを楽しんでもらう。これは、障がい者ゴルファーにとって大いなる喜びであるだけでなく、プロ側もチャリティーを深く考え、チャリティー活動を広めていく契機になるのだという。

これらは深見氏と、氏が会長を務めるISPSのポリシーに基づいている。単なる「スポーツ振興」や「チャリティ-」に留まらない。そこから発展して、「スポーツの力で、弱者救済を含め、社会をより良くしていこう」という姿勢に、ISPSの先進性を見ることが出来るのだ。

例えばISPSは、南アフリカでサッカーチームを支援している。そのサッカーチームを通じ、エイズ撲滅の啓蒙活動を行っている。

当地の少年達は、牧師の言うことより、政治家や教師の言うことより、プロサッカー選手の言うことを聞き、その周囲に集まってくるからだという。つまり、スポーツ振興を通じて、スポーツの力で社会をより良くする活動を手掛けているのだ。

今大会ポスターに掲載された、ISPSのキャッチフレーズに、こうあった。

「チャリティーを進化させ、スポーツの力で社会をより良く」

スポーツの力。その言葉を筆者はこれまで、漠然としか捉えていなかった気がする。だが、氏とISPSは、それを具体化しようとしている。「社会をよりよく」という目標に、きわめて現実的に、そして真剣に取り組んでいるのである。

このゴルフ大会の取材を終え、改めてポスターの文言を見た時、氏とISPSの心意気を、筆者は強烈に感じたのだった。



大会の隅々まで、気遣いともてなしが

最終日。大会を締めくくる表彰式が行われた。ISPS会長の深見氏が羽織袴で登場し、「羽織袴は日本のナショナルドレス、第一正装ですからね。正装と言っても、お掃除(清掃)ではないですよ」と、ギャグを飛ばしてギャラリーを沸かす。深見氏は、ギャグでもトッププロなのだ。

そして、優勝した武藤俊憲プロに、グリーンジャケットならぬグリーン羽織を着せ、優勝カップを手渡した。がっしりした武藤プロが羽織を着ると、時代劇の侍のようだ。

「素晴らしくお似合いです。お代官様と呼びましょう」と深見氏が言うと、武藤プロは「優勝したのに、こんなにイジられるとは思いませんでした」と返す。実に和気藹々とした、楽しい表彰式だった。

今大会は、真剣な熱戦の中にも、前夜祭のパフォーマンスから表彰式まで、随所にユーモアが散りばめられていた。紙幅の関係で、すべて紹介できないのが残念だが、選手や観客、記者、ゴルフ関係者まで、気遣いともてなしの精神が充ち満ちていた。こうした心配りは、深見氏ならではである。

「スポーツの力」は、ただ真剣なだけではない。人々に笑顔をもたらす、人間性豊かなものなのだ。

熱気あふれる試合と、楽しいパフォーマンスで盛り上がった今大会。それは間違いなく、深見氏の遠大な構想と情熱、そして、細やかな心配りがもたらしたものだ。

深見氏はもう二十年来、「ブラインドゴルフ」をサポートしている。それが一つの端緒となり、やがてゴルフ大会支援や、米国女子プロゴルファーらと交流が始ったことは、前号で触れた通りだ。その交流から「深見さんは、福祉に非常に熱い情熱がある人だ」また「言う人はたくさん居ても、次々に実行する深見さんのような人はいない」と、評判が生まれ、ゴルフ界の人の輪が広がっていった。

そうした、人と人のつながりが大きな根っことなり、大きな木となって、今大会を実現させ、花を咲かせたと言える。

日本のゴルフ界の活性化のみならず、世界のゴルフ界の発展にもつながる、大切な第一歩となる大会であった。




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by 2nike | 2016-04-28 17:42 | 異能の人・深見東州の履歴書

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第10回  2015年12月 - ワールドメイトの備忘録

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第10回(2015年12月)は、前々号(第8回)、前号(第9回)に続き、深見東州氏の「世界的ネットワーク」の秘密に迫るという内容で、今号はその完結編。

(第8回)深見氏が持つ、世界的ネットワークの背景とは。世界の大物を呼ぶ力を「月刊 TIMES」が取材。

(第9回)月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第9回  2015年11月


◎亀井静香氏 ブラインドゴルフが取り持つ縁

どの政治家との出会いにもまして、亀井氏との出会いは、「縁としか言いようがない」と深見氏は語る。

深見氏は二十七年にもわたり、ブラインドゴルフ(視覚障がい者ゴルフ)の支援活動を続けている。その大会が静岡県で開かれた際、たまたま同じゴルフ場でプレーしていたのが、亀井氏だったのだ。

亀井氏は、ブラインドゴルフを初めて見て驚き、またその支援活動にも感銘を受けたという。

視覚障がいを持つ方は、家に閉じこもってしまうことも多い。特に、人生の途中で視覚を失った方に、その傾向があるという。だがブラインドゴルフは、そうした人達を、自然豊かな野外にいざなう力を持っている。生き甲斐やQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高める働きを持っているのだ。

ブラインドゴルフを日本に紹介して根付かせた深見氏のことを、亀井氏はこの大会で知り、興味を惹かれたのだという。

世界規模の福祉活動を精力的に進める深見氏が、個展も開く画家であることを知り、その交流はさらに深まる。

自身も絵筆を執る、芸術性豊かな亀井氏と深見氏は、波長が合ったのだろう、深見氏が会長を務める世界芸術文化振興協会(IFAC)の名誉会長に、亀井氏が就任するなど、芸術・スポーツ振興の分野を中心に、長きにわたる交遊が続いている。



世間の評価を気にしない

政治家と交流する際、「超党派」すなわち「党や派閥にこだわらない」のが深見氏の姿勢だ。また同様に、世間的な評価にもこだわりがない。

「見返り」目当てなら、世間にバッシングされる人物とは交流せず、距離を置くのが人の常だろう。だが後述の通り、自身も冤罪と中傷の被害を受けたことのある深見氏は、そうした事を意に介さない。

例えば、深見氏が小沢一郎氏に初めて会ったのは、小沢氏が刑事告発され、「小沢叩き」の嵐が吹き荒れていた頃だという。鈴木宗男氏に、紹介されたのがキッカケらしい。歴
史に造詣が深く、お忍びで神社仏閣巡りもしていた小沢氏と、神社仏閣を語れば「専門家」の深見氏は、意外にもウマが合った。

深見氏によれば、小沢氏はまさに「博覧強記」。政治経済の話題はもちろん、縄文時代の話(深見氏は、「国際縄文学協会」の会長)、芸術文化の話、福祉の話等々、あらゆる話題に高い見織があり、戦後政治の、生きた舞台裏を学べるという、「お話しして、これほど勉強になる方もない」という。

小沢氏も、こうした交流を楽しんでいるのではなかろうか。利害を求めず、胸襟を開く深見氏の存在は、純粋に興味深いのかも知れない。深見氏のバースデー個展に、小沢氏は毎年顔を出しているが、実に楽しそうに鑑賞していた姿が印象に残っている。

鈴木宗男氏との交流は、さらに規格外だ。その出会いはこうだったという。

日本の三大外交シンクタンクの一つである「日本国際フォーラム」(伊藤憲一理事長)で、北方領土についての会合が開かれたことがある。フォーラムの理事を務める深見氏も出席していたが、その時、鈴木宗男氏も後から駆けつけることになっていた。

鈴木氏は当時、あっせん収賄罪に問われて逮捕されるなど、悪名が轟いていた。

佐藤優氏(元外務省主任分析官・作家)は、鈴木氏に連なる一連の事件について、検事が「国策捜査」と吐露した旨を書いている。その真偽や真相をここで論じるつもりはない
が、ともあれ、鈴木氏が出席すると聞いただけで、参加者はみな「鈴木宗男が来るなら帰る」と、出て行ってしまったのである。鈴木氏が到着した時、残っていたのは、伊藤理事長と深見氏だけだったという。

深見氏は、鈴木氏とは初対面だったが、気にもせず三人で熱く語り合ったという。バッシングされ、逮捕され、全ての人に避けられて言わば「どん底」状態の鈴木氏と、わざわざ交流を持つことに「メリット」や打算など何もない。見返りもあろうはずがない。だが、深見氏は何の区別も差別もなく、とことん熱く語り合い、以来親交を持ち続けている。

深見氏は、小沢氏や鈴木氏の中に何を見たのか。そんな問い自体、損得勘定に毒された発想かも知れない。ただ、この事だけは言える。

以前本誌で触れた通り、深見氏はかつて、マルサに濡れ衣を着せられ、十三年間戦った末に、冤罪を晴らした経験を持っている。だから、マスコミの批判や検察、裁判所の見解や判決も、全く信用していない。全て、自分が直接接して判断するのである。また、自分が濡れ衣を着せられた時は、その際、親しかった人々が次々離れ、大変な苦境を味わった。だが逆に、そういう時こそ助けてくれたり、励ましてくれる人もいたという。

日本では、過ちを犯した人や、挫折した人を避けて通る人は多い。だが、深見氏は、そうした人を避けては通らない。たとえ過ちがあっても、皆にそっぽを向かれる境遇の人でも、苦境にある人には手を伸ばそうとする。

その人の中にある、何かを見ているのであろう。



女子シニアゴルフの世界大会を招聘

文化スポーツ振興の面でも、同じことがいえる。

深見氏の個展は、毎回彼の誕生日に開かれる。今年三月の個展でも、バースデーメッセージが何通も届いた。武道館コンサート等で共演したマイケル・ボルトンや、米国女子プロゴルファーのナンシー・ロペスなど、海外の著名人からのメッセージだ。深見氏はなぜ、海外の有名アーティストやゴルファーたちと親しいのか。

一つのキッカケは二○○五年、日本で開催された、ワールドシニアゴルフレディースオープン選手権だったという。この大会の日本開催の立役者となった深見氏は、こう語る。

「当時、日本では女子シニア大会はなかったのです。スポーツの振興を考えたとき、女子のシニアゴルファーが増えていくのに、大会がなくてどうするんだろうと思ったのです。
アメリカの選手達は常に社会貢献を考えているから、ブラインドゴルフの振興に役立つ大会なら、アメリカの有名選手も参戦するだろうと思ったのです。ブロアマにブラインドゴルファーが参加すれば、ブラインドゴルフの宣伝にもなり、またブラインドゴルファーも、一流のプロゴルファーと一緒にラウンドできたら嬉しいだろうと。

それで、米国女子シニアゴルフ協会の会長、ジェーン・ブラロックに手紙を書いて送ったのです。そうしたら、チャリティー活動に共感し、また、もう一度日本でプレーできる事を喜び、ジャン・スティーブンソンや、パティ・シーハン、キャシー・ウイットワース、パット・ブラドリーなど超有名選手が来てくれたのです。スケールが大き過ぎて、日本のプロゴルフ界では、この話をなかなか信じてくれなかった。刷り上がったポスターを見ても、まだ信じない人もいたほどです(笑)」



「困った時の友が真の友」

その時から、米国女子プロゴルファーとの交流が始まった。「深見さんは、福祉に非常に熱い情熱がある人だ」、また「言う人はたくさん居ても、次々に実行する深見さんのような人はいない」と、女子シニア達は大いに評価したようだ。

中でも、ジャン・スティーブンソンとの交流は興味深い。ゴルファーとして名声を手にし、会社経営もして順風満帆だった彼女は、ある時、会社のカネを持ち逃げされる。会社は潰れパートナーも自殺し、悲惨な状況になっていた。セレブの頂点にいたのが、一文無しになってしまったのだ。友人達は次々離れ、誰も助けてくれなかった。その時、唯一助けてくれたのが深見氏だったという。

誰一人見向きもしない中で寄せられた、深見氏の手助けと励ましに、彼女は感激したという。再起した彼女は、深見氏の福祉活動やスポーツ振興活動を、大いに応援すると共に、その時の感激を「ドクターハンダ(深見氏の本名)だけが、一番困っている時に助けてくれた」と語り続けている。

「A friend in need is a friend indeed」。「本当に困った時に助けてくれるのが、真の友達だ」という言葉を、彼女は噛みしめているのだろう。彼女が感激して言い募る話を聞き、興味を持って深見氏と知り合ったのが、「サバイバー」のボーカル、ジミ・ジェイミソンやマイケル・ボルトンであり、そこからクリントン氏とも知り合ったのだというから、まさに「情けは人の為ならず」、「徳は狐ならず、必ず隣あり」である。

深見氏は人を助け、収益金もチャリティーに使う。私心がないから人脈がどんどん広がっていく。その人が一番困っているときに、助けてあげたいというのが本心なのだ。言葉にすれば月並みだが、その活動に真があるから、協力者の輪が広がっていく。

深見氏のネットワークが広く深い理由、また長く真実の付き合いが続く理由。それは、どんな人も、肩書きや役職、人の風聞や評価より、自分の心の声に正直であり、人間の本質を見て付き合う所だろう。



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by 2nike | 2016-04-21 16:51 | 異能の人・深見東州の履歴書

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第9回  2015年11月 - ワールドメイトの備忘録

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第9回は、前号に続き、深見東州氏の「世界的ネットワーク」の秘密に迫るという内容である。以下にまとめておく。

●カネやビジネスがらみで広げたネットワークではなく、深見東州氏の場合は、時間を掛けて育んだ友人達との信頼関係が、ある時爆発的に花開いたものといえる。

●政治に関するスタンスでは、「政治家と親しくするなんて、何か見返りを求めてるんじゃないか」と見る向きもあるだろう。しかし、氏の交遊は第一線で活躍する議員に限らない。長く苦境にある人。まだまだこれからの若手。そして、落選議員に至るまで多種多様、党派もまるでバラバラだ。仮に、何らかの見返りを求めるなら、こうした分布にはなるまい。安倍総理との付き合いも、自民党が野党の頃、安倍氏が再登板するとは、誰も思わなかった頃の付き合いである。決して、首相や党首になってすり寄った訳ではない。

●「私自身が政治家に憧れたり、なりたいと思ったことは一度もありません。今後も、なることはありません」。それは、選挙に出て落選した父親の姿を、反面教師とし、また天の教えと受け取っているからである。自らが政治家になるより、超党派で偏りなく、日本国に有為な人材を応援する方が、国体護持と国益、公益のためにいい、という考え方なのである。

●鳩山邦夫氏との交友関係は、ある知人の縁がきっかけとなった。事情を知る関係者はこう語る。
「邦夫氏は慎重を期して、深見氏の情報を公安に聞いた。著名宗教団体の多くをカバーする公安に尋ねたのは、深見氏が宗教団体のリーダーでもあるからだろう。回答は『宗教団体としても、人物としても、全く問題ない。思想も神道系で保守系だし、邦夫先生とも合うんじゃないですか』というものだった。それで、ますます興味を持った邦夫氏が、深見氏にその知人を通じて、『会いませんか』ということになった」


友人との信頼関係から広がるネットワーク

カネやビジネスがらみで勢力を広げる輩は、世に沢山いる。だが、深見氏の場合は異なり、時間を掛けて育んだ友人達との信頼関係が、ある時爆発的に花開いたものと言える。

これは、カネやビジネスで築く方法に比べ、時間が掛かる上、本人に魅力がない場合は、有力な方法とはなりにくい。だが氏にとっては、この方法が最も自然で、適するものだったようだ。

今まで紹介した通り、氏は信じられないくらい、多才な人物である。舞台芸術では、オペラ、京劇、能楽、演劇など、異分野の舞台で主役をこなし、書画は大英博物館から展示オファーを受ける。国内外で十数社の経営に携わり、クリントン氏らとシンポジウムを開く。そのかたわら、世界的な福祉プロジェクトやスポーツ振興を幾つも手掛ける。そして、宗教家として宗教協力運動を進める、世界の宗教界のホープでもある。詳しくは、過去の連載をご覧頂きたいが、「実力」の裏付けは明らかだ。だが、こうした実績もさることながら、氏についてインタビューすると、多くの関係者が「魅力的」と表現するのが印象に残る。

つまり、人間的な魅力が人を惹きつけ、信頼を得るだけの足跡もあるからこそ、こうしたネットワークの広がりがベストなのであろう。

必要な資金は、出すべき時は迷わず出すが、基本的に損得勘定抜きでつながるネットワークは、極めて構築しにくい。が、ひとたび結ばれれば、これほど強力なものはない。「信用」や「信頼関係」を築くには、長い年月が掛かるが、築かれた関係には無理がない。ましてや、氏のように欲得を離れ、天真爛漫かつ明るく人に接する人物は、ジャンルを超えた繋がりも容易に生じるのである。

だが、歌や書画など、ピュアな芸術分野はさておき、それ以外の分野ではどうだろう。ともすれば「生臭い」輩が跳梁跋扈する、政治などの分野でも、信頼関係に基づくネットワークを築いていく、氏のやり方は通じるのだろうか。



政治に関するスタンス

今年(2015年)三月、六本木で開かれた、深見氏の書画展。毎年、氏の誕生日付近で開かれる、この「バースデー個展」には、錚々たる著名人がぶらりと会場を訪れ、氏の書画をしげしげと鑑賞してたりして、我ら一般人(?)を驚かせる。例えば今年は、政治家に限っても鳩山邦夫氏、亀井静香氏、小沢一郎氏らが挨拶に訪れ、安倍晋三総理や高村自民党副総裁、下村博文文部科学大臣らの祝電も寄せられていた。さらに、ルネ・フレミングのビデオメッセージやトニー・ブレア、ビル・クリントンの祝電もあった。

こう記すと、「政治家と親しくするなんて、何か見返りを求めてるんじゃないか」と見る向きもあるだろう。だが、この全てが規格はずれの人物に、そんな「ありがち」な見方を当てはめるのは、どうもピントはずれのようだ。

よく見ると、氏の交遊は第一線で活躍する議員に限らない。長く苦境にある人。まだまだこれからの若手。そして、落選議員に至るまで多種多様、党派もまるでバラバラだ。

仮に、何らかの見返りを求めるなら、こうした分布にはなるまい。力のある議員、今をときめく議員にコナをかけるだけで良いはず。安倍総理との付き合いも、自民党が野党の頃、安倍氏が再登板するとは、誰も思わなかった頃の付き合いである。決して、首相や党首になってすり寄った訳ではない。

特に氏は、落選議員に温かい目を向ける、そのバックボーンを探っていくと、氏の生い立ちにまで遡る。



政治家を志した父親を反面教師に

深見東州(半田晴久)氏の父・利晴氏が、かつて政治家を志した話は、本誌一月号でも少し触れた。利晴氏は昭和四二年、自民党公認を得て、兵庫県議に立候補するも落選(当時の選挙記録には、通称名と合わせて「半田尚久(利晴)」と記録されている)。

この立候補と落選で多くの財産を失い、半田家は以後、塗炭の苦しみを味わうことになる。

半田家は戦後、空襲で焼け出されたため、先祖代々保有してた「宮水」の井戸や、土地の多くも手放さざるを得なかった。

「宮水」とは、灘五郷の酒造りに必須の名水のこと。西宮戎神社の南、海岸近くの一定地域から湧き出すので、「西宮の水」やがて「宮水」と呼ばれるようになった。

宮水の湧く井戸は、酒造会社がノドから手が出るほど欲しがる貴重な財産である。半田家は、かつて「日本一の酒樽屋」と呼ばれた商家の一族で、宮水の井戸を二本も持っていた。が、戦後某大手酒造メーカーに売り渡し、現在でもその企業が保有しているという。

それでも残った土地に、利晴氏が土地を売却した資金でアパートを建てたのである。そこに、焼け出された利晴氏の弟夫婦や妹夫婦も住まわせた。しかし、選挙に負けて、そのアパートと土地の半分を手放したのである。深見氏が高校二年生の出来事であった。

そのため、深見氏は以後の高校時代、満足に服も買えず、学生服一つで年中過ごし、学生服はテカテカになった。幼い頃から、コツコツ貯めたお年玉も、知らぬうちに家の事情で使われてしまった……今でこそ、笑い話のように語る深見氏だが、多感な当時の心境はいかばかりだったろう。

クリントンやブレアをはじめ、数々の大物政治家と交流する現在の深見氏に、立候補を勧める声がある。だが氏は、こうした誘いをキッパリと断っている。

「私自身が政治家に憧れたり、なりたいと思ったことは一度もありません。今後も、なることはありません」。それは、選挙に出て落選した父親の姿を、反面教師とし、また天の教えと受け取っているからである。また、選挙に出て当選しても、たいした事はないと思っているからである。それは、作家であり中尊寺の管長でもあった(故)今東光が、衆院議員になって言った言葉と同じである。「今東光という、党内の一票だけのもの」という捉え方である。氏は、政治家が政治家たる政治力を発揮し、国家に役立つには、五つの条件があると喝破している。

まず第一は、五回以上当選する、ゆるぎない選挙基盤があること。当選回数が五回以上ないと、たいした役にはつけないからだ。第二は、第一を可能にする、ゆるぎない経済基盤があること。第三は、権力闘争に打ち勝ち、官僚を支配できる闘争心や駆け引き、交渉力や説得力、リーダーシップがあること。第四は、知名度があり、いい秘書や支援者が多く集まってくる事。第五は、伸(の)るか反(そ)るかという時、いつも勝つ運があること。以上の五つの条件を満たす政治家とは、大臣を経験した事があるはずである。政治家を目指すなら、一家離散や破産を恐れず、石にかじりついても、五つの条件をクリアする志や努力がいるのである。

氏は宗教家としても、実業家としても、芸術家としても、この五つの条件をどれもクリアできないと心得ている。全ての役割や責任を放棄し、多くの人を困惑させ、組織に莫大な損失を与えてまで、五つの条件をクリアするつもりはない。それは、あまりにも無責任であり、無謀であり、世間知らずであると言える。だから、氏は全く政治家になる興味も、意志もないのである。

また、仮に政治家になった場合は、与党の議員なら、与党の政策に賛成しないといけない。野党なら、与党の政策に反対しないといけない。かといって、無所属なら、国会で質問もできず、官僚も全く相手にしてくれない。その点でも、自らが政治家になるより、超党派で偏りなく、日本国に有為な人材を応援する方が、国体護持と国益、公益のためにいい、という考え方なのである。

そして、政治家が落選すれば、どれほどの辛酸を嘗めることか。若き日の家庭体験を通じ、氏はそれを深く理解している。だからこそ、氏は華々しく活躍する政治家だけでなく、落選し、苦境にあえぐ政治家にも温かい目を向けるのである。

とは言え、無論「誰彼かまわず」ではない。他人がどう見ようと、世間が叩いていようと、深見氏が自ら交流してみて、「国のため」「国益のため」という志を、感じられる人を応援するという。だから、自然に超党派になるのである。

大物政治家との付き合いも、実際一つ一つ調べると、ちょっと驚くような出会いや縁があって結ばれている。政治家との接近は、どうしても、何か便宜を図ってもらう、「見返り」目当ての接近が連想されがちだ。だが、それは一般人の勝手な思い過ごしにすぎない。氏と政治家との出会いの、一例を挙げてみよう。



◎鳩山邦夫氏 ある知人の縁がきっかけ

ことの起こりは、些細な縁にあったという。

深見氏は以前、ひょんな事から知り合った人物に、その志に感じて、お金を貸すことを決めた。また後日、返済に困る彼に、「出世払いでもいいから、返済の事を気にせず、頑張って下さい」と言って、温かく励ましたのである。

それで、感激した彼は、返済も頑張って果たすと共に、氏の大ファンになったのである。この人が、たまたま鳩山邦夫氏の知人で、彼の話を聞いた邦夫氏は、深見東州という人物に興味を持ったという。

事情を知る関係者はこう語る。
「邦夫氏は慎重を期して、深見氏の情報を公安に聞いた。著名宗教団体の多くをカバーする公安に尋ねたのは、深見氏が宗教団体のリーダーでもあるからだろう。回答は『宗教団体としても、人物としても、全く問題ない。思想も神道系で保守系だし、邦夫先生とも合うんじゃないですか』というものだった。それで、ますます興味を持った邦夫氏が、深見氏にその知人を通じて、『会いませんか』ということになった」

元来、芸術文化に造詣が深く、蝶のコレクションなど趣味豊かで、自ら料理を作ってふるまうなど、良い意味で「政治家らしくない」一面を持つ邦夫氏。「天才」とも「変人」とも呼ばれる邦夫氏と、「鬼才」深見氏は、出会えばたちまち意気投合し、気兼ねなく語り合う仲となった。

今では料理合戦を繰り広げるなど、これまた「政治家らしからぬ」交遊関係が長く続いてるという(深見氏は料理もかなりの腕前で、レシピ本も出版している)。



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by 2nike | 2016-04-14 16:42 | 異能の人・深見東州の履歴書

深見氏が持つ、世界的ネットワークの背景とは。世界の大物を呼ぶ力を「月刊 TIMES」が取材。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


深見氏が、今年手がけたり、出演したイベントは、本ブログでも紹介しているが、信じられないペースで行われ、しかも世界の大物を呼び、しかも驚くほど多ジャンルにわたる。このうち大物を呼ぶ力について、月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」連載第8回の内容が詳細な取材(今号と次号)を行っているので紹介する。

舞台に立つ者には、正当なギャランティを払ってしかるべきで、「友人だから、タダで呼びつける」ということは深見氏もしていないだろう。その意味での支払いが生じるのはむしろ当たり前のこと。だが、友人関係を、カネで構築しているかのような意味で言っているのなら、それは深見氏と友人たちとの絆に、失礼というべきだろう。

こんな話がある。
昨年十一月、世界最大級の博物館にして、人類の文化遺産の殿堂でもある、ロンドンの「大英博物館」で、深見氏の書画個展「Captivating Calligraphy」が開催された。

日本人芸術家が、大英博物館で個展を開くのは、たやすいことではない。だからこそだろう、「きっと大金をつぎ込んで、OKしてもらったのではないか。間にブローカーが入って、うまく乗せられて開催できたのではないか」と、噂した日本人がいたという。

その陰口をきいて、事情を知る関係者は語る。
「この大英博物館での個展は、イギリス・セインズベリー日本藝術研究所の初代所長で、後に大英博物館の日本美術キュレーターとなったニコル・ルマニエール氏が、深見氏に直接、正式オファーして開催が決まったもの。ブローカーに大金なんてとんでもない」

ニコル氏は、日本の芸術研究について造詣が深く、ハーバード大学で日本美術を専攻し、博士号も取得している。現在は、大英博物館の日本美術キュレーターとして活動している。そのニコル氏と深見氏は、芸術を通じた長年の知友として知られる。十数年前に、一緒に日本で「国際縄文学協会」を立ち上げた仲でもある。深見氏の博士号の美術論文も読破しており、美術家としての、深見氏の実力をよく知るニコル氏は、キュレーターとして、深見氏に「東洋芸術、特に書と水墨画は欧米人に人気が高い。書にも水墨画にも秀でているドクター半田に、ぜひ大英博物館で個展を開いてほしい。それらを、英語で解り易く解説できるのも、ドクター半田しか居ないと思う」と、正式オファーしたのである。それも、当初は「五年間開催してほしい」という希望だったが、多忙を極める深見氏には、とても不可能である。だから、それはニコル氏に丁重にお断りしたのだと言う。





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by 2nike | 2015-10-03 16:23 | 異能の人・深見東州の履歴書

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第7回

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第7回は、5月30日に東京ビッグサイトで行われた「世界の若い議員と語り合うグローバル・オピニオン・サミット」の記事。
すでに新聞、雑誌で報道されているので、少し視点を変えて、会場を和ませる「仕掛け」についての記述を取り上げてみる。

発信者にマイクを持っていく係は、なぜか黒子ならぬ「忍者」の格好をしている。登壇者が発言を求めるたび、忍者姿のアシスタントが、ササッと素早くマイクを運ぶのだ。白熱した討論にキリキリ吊り上がりかけた眼も、ユーモラスなその姿に、おもわずゆるみ、本音のトークが流れ出す。
さらに、登壇者が発言を求める際には、手を挙げるのではない。工事現場で使われる、色とりどりの誘導棒に、国名と議員名のパネルがついたものを上げて知らせるのだ。ボタンを押せば、スターウォーズのライトセイバーよろしく、誘導棒が光り出す。それを見れば、誰が発言を求めているか、すぐに分かるのだ。
普通の国際会議では、まずお目にかからない、こうした「仕掛け」も半田氏のアイデアだという。
無味乾燥な「建前論」ではなく、腹をを割ったホンネのやり取りこそ、議論も深まる。それは、誰もが分かっている。しかし、国際会議では、そこにたどり着くまでに多大な時間を要し、ようやく場が暖まった頃に、「終了」という不毛な会議も多いのだ。
それが、こうした「くすぐり」により、一気に場がフレンドリーになり、みんなリラックスして、熱い本音の議論が花開いた。人情の機微を熟知した、優れた運営技術だと思う(余談ながら、前述のカラフルな「誘導棒」、各国代表もいたく気に入ったようで、多くのヤング・パーラメタリアンが「これ、もらって帰って良いですか」と、国に持ち帰ったそうである)。



筆者のいう「くすぐり」とは、広辞苑によると、話術や演芸などで客をわらわせようとこころみること、とある。まさか、国際会議で、「忍者」がマイクを持ってくるとは、誰も考えつかないことである。だからこそ、”一気に場がフレンドリーになり、みんなリラックスして、熱い本音の議論が花開いた”のであろう。
深見東州氏の「くすぐり」力は、大舞台になればなるほど、相手が大物であればあるほど、サプライズのある華麗なる技となって発揮されるもののように思う。また、オペラ、コンサート、能などでは「本番に強い」というのはよくうかがう話だ。
今回も準備の段階で、天から降りてくるメロディを受け取るように、「くすぐり」のアイデアを天から授かったのでなないだろうか。本番のモデレーターでの当意即妙なる会議さばきは、筆者も驚くほど見事なものだったそうだ。
最後の筆者のことばは、

世界のヤングリーダー達が一堂に会して、思いを一つにしたサミット。半田氏が撒いたその種は、間違いなく、大きく未来につながっていくことだろう。次回の開催が待たれる。




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by 2nike | 2015-08-04 19:30 | 異能の人・深見東州の履歴書

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第6回

月刊 TIMES「異能の人・深見東州の履歴書」 連載第6回は、4月10日、東京・お台場の「Zeppダイバーシティシティ東京」にて開催された、「深見東州 全部オリジナルコンサート!」(東京芸術財団主催)についての記事。

この「異能の人・深見東州の履歴書」には、詳細なエピソードなどが書かれており、しっかり取材していることが伝わってくる。深見東州氏を敬愛する一人として、チェックしておかなければならない月刊誌だと感じている。
特に、「深見東州 全部オリジナルコンサート!」は、行きたかったけど、行けなかったコンサートなので、会場の臨場感が伝わってくる記事は、読んでいて楽しい。

連載第6回となる7月号にも以下の記事があった。

氏の歌と、トークを聴いていると、創作の時は、カンバスに曲をスケッチするかのように、感じたままにメロディと詞をを書き記していることに気付く。
『ブエノスアイレスで去った君に』を歌う時、思い入れをこう語った。
「2008年にアルゼンチンを訪れたとき、ブエノスアイレスで集合写真をとったのです。そうしたら、見知らぬ若い女性が勝手に紛れ込んでいたのです。聞くと、メキシコの大学生で、偶然そこに居合わせた観光客でした。父親がメキシコの日産に勤めているので、日本人に親しみを感じて撮影に紛れ込んだとか。その女性は、黒髪で黒ダイヤのように目がキラキラして、素敵な瞳でした。若々しく、キュートで素敵な女性でしたね。彼女は、名前も告げず立ち去ったのです。今も彼女は、ブエノスアイレスの思い出として、心に残っています。その時の印象を曲にしたのです」
深見氏の、ロマンチックな面を垣間見るようだ。こういう感性が、絵にも音楽にも現れる。



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by 2nike | 2015-08-03 22:02 | 異能の人・深見東州の履歴書