<   2015年 11月 ( 23 )   > この月の画像一覧

ISPSハンダカップ フィランスロピーシニアトーナメントの記事が、五つのスポーツ紙に掲載された。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>

掲載されたのは次の5紙
11月29日スポニチ
11月30日デイリー
11月30日サンケイ
11月30日報知
12月1日東スポ


20日から22日まで千葉・成田ヒルズCCで開催された国際スポーツ振興協会主催の男子プロゴルフ「ISPSハンダカップ フィランスロピーシニアトーナメント」の結果は、

秋葉真一(50=関文グループ)が最終ホールで劇的なバーディを奪い、通算11アンダーとしてレギュラー、シニアを通して初の勝利を挙げた。

1打差の2位となった室田淳(60=サメジマコーポレーション)は、4回目の賞金王が決定。

「スーパーシニア」の部は、ホストプロの中山徹(69=国際スポーツ振興協会)が2位に1打差の通算3アンダーで逆転優勝した。

ISPS・半田晴久会長(64)が「グローバル」と「チャリティ」をテーマに掲げた本大会は、イベントも多数開催。ゴルフ場全体が「カーニバル」のような雰囲気に包まれ、大成功を収めた。

なお今回の試合の模様はスポーツ・エンタメ専門チャンネル「FOXスポーツ&エンターテイメント」で放映されるもよう。
放映日時は、2016年1月3日(日)午後6時~8時


11月29日スポニチ
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11月30日デイリー
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11月30日サンケイ
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11月30日報知
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12月1日東スポ
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by 2nike | 2015-11-30 17:02 | 半田晴久

ISPSハンダカップ フィランスロピーシニアトーナメントの記事が、日刊スポーツに掲載された。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


見出しは、

ISPSハンダカップ フィランスロピーシニアトーナメント秋葉V

主催ISPS半田晴久会長が大会の狙いと手応えを語る

ゴルフの力でより良い社会

プロアマ大会に74人参加、チーム戦楽しむ ブラインド、障がい者ゴルファー5人も出場


リードは、

20日から22日まで千葉・成田ヒルズCCで開催された国際スポーツ振興協会主催の男子プロゴルフ「ISPSハンダカップ フィランスロピーシニアトーナメント」は、シニアデビュー2戦目の秋葉真一(50=関文グループ)の初勝利で幕を閉じた。ベテランたちの多彩な技術と楽しい会話や、来場者に喜んでもらうための縁日やカーニバルが連日展開され、バラエティ豊かな大会になった。ISPS半田晴久会長(64)に、その狙いと手応えを聞いた。



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私も21日に観戦に行ったので、その時の写真をアップ。
「優勝かぶと」と「グリーン羽織」

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HANDAカート

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by 2nike | 2015-11-27 22:12 | 半田晴久

学歴コンプレックスをふきとばすには、具体的にはどうするか。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「学歴コンプレックス」を、大卒者とそうでない人との違いという点で、三つのポイントに集約するというのは、予備校の学苑長である深見東州(半田晴久)氏ならではの分析といえるのではないだろうか。そしてこの分析の最終結論は、「我見をなくし」「論述力を高め」「専門書を読む」ことは社会に出た後も、大卒者とそうでない人に関わらず、常に磨き続けなければならない能力、ということにつながっていく。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

学歴コンプレックスをふきとばすには、具体的にはどうするか。
大卒に負けない実力を身につける。あるいは大卒に負けない特技をもつ――。
それはそうだが、まだそれではボンヤリとし過ぎている。
そこで大卒者とそうでない人との違いは何かをみてみる。
●大卒者よりも、中・高卒者は”我見”が、強い傾向にある。
●大卒者のほうが論述力がある。
●大卒者のほうが専門書を読む力がある。
大きくみて、以上の三点だろう。私も十余年の教育事業をやってきて、いろいろな生徒や学生や若者たちに学んできた。その結果個人差はいろいろあっても総体的に見ればこの三点に集約される。



「なぜ我見が強いのか」

大学の四年間、あるいはそれ以上の人もいるだろうが、勉強しようとすまいと、また優等生であろうと劣等生であろうと、そんなこととは無関係に、大学生活は集団生活であるということに着目してほしい。

どんな形のサークルであれ、クラブ活動であれ、いろいろな地域出身者がさまざまな方言を使ったりする。また習慣や考え方がまったく違う学生とも仲間づきあいをするということになる。ここに学生生活の本当の意味があるのだ。

これはたいへん大切な体験である。”我見”というのは、自分が正しいと思い込む”独善”につながり、別の角度からものごとを見るという習慣がなく、視野が狭い。ある一つの小さな技術だけにこだわり、頑固な職人気質をつくりあげて、若いのに発想も固く柔軟性がなく、結果は全体の見通しのきかない人間で終ってしまう。



「論述力について」

大卒者のメリットは、どんな大学でも試験があることだ。試験があれば、まず何々について述べよという論述をしなければならないし、いやおうなしに文章を書かなければならない。

社会に出れば、たえず一般的な手紙から儀礼的手紙やレポート、稟議書から契約書など、必ず文書で表現しなければならない。ところが大学生活を経験しない人は訓練されてないために文書作りがきわめて下手であり、それが具体的な弱みとしてもでてくる。

さらに論述力というのは、考えを要約し発表するという能力であるから、冷静にものごとを観察し、その意味をよく理解、咀嚼して、さらに自分なりに再構成するという知的能力がいやおうなく鍛えられるのである。

よく仕事ができるという評価を得、責任ある地位につくことができるのは、この要約力、読解力、掌握力が備わっているからだ。

したがって、大学生身分でない人は、まずこの論述力を伸ばす訓練をすることである。またもしあなたが大卒者であっても、この能力を鍛えみがきをかけ続けることは非常に大切である。



「専門書を読む力について」

大卒者のメリットは、どんなダメ学生であれ、いやおうなく在学中に”専門書”を何冊か読まざるを得ないということである。

すべてが理解できなくても、何らかの”専門書”を読んだということは、まがりなりにもその分”読解力”が鍛えられたということである。

読解力とは、仕事であれ友人・同僚・先輩や家庭における人間関係、あるいは、人生や芸術や学問や、仕事のしかたや取引関係など、この世のすべてのことがらに対する理解力、把握力でもある。理解し、つぎにそれを自分のものにして表現していく能力、それを総称して私は”咀嚼力”と呼んでいるが、この咀嚼力のない人は、どの分野のどんな仕事においても自分を百パーセント伸ばすことは不可能である。

したがってまずわれわれは、咀嚼力を身につけなければならない。その身近な方法が専門書を読むということだ。また、専門書を読破することは咀嚼力を鍛えると同時に、専門知識も得られるというメリットがある。





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by 2nike | 2015-11-25 17:58 | 絶対運

潜在する能力は、自己の内側を静かに眺めることによって開発されるものと、多くの人々が信じ込んでいる

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


以前のエントリー
他力運用の極意とは、天地の法則に合った人間としてのあるべき最高の努力を為し、至誠に徹すること。では、
「いい前世、いい潜在意識を引き出すには、四忽主義に心を向けると同時に、なるべくすばらしい霊的環境に身を置くことが大切なのである。
友人、配偶者、職業、読書、映画鑑賞---これらの一つひとつについて、できる限り、自分自身の御魂を善の方向で刺激するようなものを選ぶことが望まれるのだ。」
と紹介した。ここでは、「人との出会い」についてより深い解説がある。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

これまでは、自分の力で道を開くことについて述べてきたが、「自分の能力は一体どの方向にあるのか」「努力もしているが今一歩のパッと花開くところがない」と悩んでいるあなたには、”出会いのチャンスを大切にせよ”とアドバイスしたい。

潜在する能力は、自己の内側を静かに眺めることによって開発されるものであると、多くの人々が信じ込んでいるし、信じこまされている。

だが、それは違う。

才能は外部からの刺激によって啓発され、伸びるものなのだ。

西洋占星術や姓名判断、易で自分の能力を知ろうとする人が多い。親から受けた素質や、前世から受け継いでいる潜在したままの自力をどのように引き出すかもまた、占星術や易に頼ろうとする。しかし、その成果はあまり期待できない。自らを取り巻く環境を考えてみることが一番の方法なのだ。

その環境の中でも最も影響を与えるのが、人との出会いである。

自力、才能や能力の発見の端緒というのはたいてい人との出会いによってである。

その意味では、人との出会いは大切にしたい。どんな人物に会うかによってプラスの影響を受けたりマイナスの影響を受けたりするが注意深く観察すればその見分けはすぐつくはずである。

ある人物に会うと、お互いにジョークを連発しながら仕事のアイデアが次々に出てきたり、わけもなくヤル気が湧いてきたりする。

また、ある人物と一緒にいると、ちょっとしたことから大きいことまでいい事が起きるとか、自分のいい面がどんどん引き出されてくるといったことがある。

ときとして、きびしい忠告もあろうが、それは自分の反省点であったり、自分で見落としていた重大な仕事上のポイントとか思い違いの点を指摘してもらっていると解すべきである。このような人物は、きっとあなたによい運気をもたらしてくれる運の強い人である。誠意を尽くして大切にすべき人なのだ。

といって「運の悪い人物は近づけるな」などとケチなことをすすめているのではない。

運の悪い人もいい人も分けへだてなく、おおらかにしかも真心をもって接するのが正しい人の道でもあるし、そのことが自分を磨き上げ向上させより大きく育ててくれる。

だが、もし、あなたの運気がそれほど良くないのであれば、まず自分が公害人間からまっ先に変身、脱皮する必要がある。自分が他にプラスの影響を与えるようになるまでのプロセスで、努力・精進してほしいといっているまでである。

ともあれ、自力運をつけるためにも、初めのうちは自分にプラスを与える人に意図的に接近することだ。そういう人物は、類は友を呼ぶの言葉通り、明るく、発展的で、それぞれの分野で何事かを成就している人たちと交友が深いからである。





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by 2nike | 2015-11-24 21:48 | 絶対運

第2回「秋に燃ゆる 国民のコンサート!」の記事がスポーツ紙に掲載された。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>

11月20日 サンケイスポーツ
見出しは、

「第2回秋に燃ゆる 国民のコンサート!」
ハレルヤ大合唱
深見東州氏と大貫裕子氏ピアノ伴奏で童謡や唱歌披露
国立オペラ・オーストラリアから3人参加 ソロパートでそれぞれ持ち味を発揮


リードは、

懐かしい日本の歌曲と、ヘンデル作曲のオラトリオ「メサイア(救世主)」、そしてオペラの名曲の数々が融合したコンサート『第2回秋に燃ゆる 国民のコンサート!』が15日、東京・初台の新国立劇場で開催された。日本屈指のバリトン歌手、深見東州氏(64)をはじめ、ソプラノの大貫裕子氏、国立オペラ・オーストラリアから招いた3人の若手実力派と、設立21周年を迎えるアルプス合唱団による”秋の宴”を観客は心ゆくまで楽しんだ。



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11月20日 日刊スポーツ
主な見出しは、

深見東州氏 歓喜のハレルヤ


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11月23日 スポーツニッポン
主な見出しは、

日本屈指のバリトン歌手 深見東州熱唱
響き渡る美声に観客興奮
新国立劇場に”高揚の秋”


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by 2nike | 2015-11-23 23:41 | 深見東州

目標とは、とりあえず立てるもの。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


ワールドメイトに入会して早い時期に、深見東州氏の「目標とは、とりあえず立てるもの」という講義受けた記憶がある。当時の自分にとってピッタリくる必要な内容だったので、「目標とは、とりあえず立てるもの」と心の中でつぶやいて、いろいろな目標設定をやったことが懐かしく思い出される。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

目標があいまいであれば、目標に対する意欲がわかないのは当たり前であるし、意欲がなければどうして精進・努力ができるであろうか。そしてまた精進・努力がないところに、どうして目標の成就があり得るだろうか。

人生の大きな目標に最終的なビジョンがさしあたりはっきりしないならば、それはそれでしばらくわきに置いておき、まず、ごく身近な日常の中から”とりあえず”の目標を探して立ててみればいいのである。

さしあたり目標をたてて頑張ったが、自分の一生から見てそんな目標は意味がないと思うこともあるに違いない。となれば簡単に目標などたててはいけないのではないか、そんな不安や疑問が出てきそうである。

だが心配はいらない。

たとえ最終的な目標と、さしあたりの当面のそれとが一致していなくてもそんなことはまったく心配いらない。その努力とその成果は、必ず、最終的な目標達成のための養分、こやしとなっているのである。失敗は失敗でなく、最終の目標を達成するための原動力であり、成功に必要な具体的な知識と技術を学ぶことであり、さらに成就するために必要な心のバネでもある。

一石二鳥どころではない、一石数鳥の効果があることに気づいてほしい。

とりあえずの目標が間違っていてもいささかも後悔することはない。いや、「悔いるな」とというより、むしろ「喜ぶべし!!」歓迎すべきことなのだ。

なぜか。間違っていたということを知れば、自分にとって真の目標は何かが明確になり、ゆるぎないものとなるからである。目標達成はそれに対するゆるぎない信念、思いの強さに比例するからであり、間違いによって迷いが一切なくなるという偉大な効用を持つのである。

もうひとつは、失敗をとりかえそうとする強い意欲がわくことだ。”とりあえず”の目標を次から次へ数多く作ることが、ますます教養の厚み――それが心のバネともなるのだが――をもたらすことになる。

「わたしの人生の真の目標は何か。わたしという人間は何なのか――」
などと考え込み、暗く無気力な日々を送るより、今すぐできる”とりあえず”の小さな目標をたてることがいかに大切かが納得できたであろう。




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by 2nike | 2015-11-22 22:40 | 絶対運

「アカスリ半田劇場!」がスポニチ(11/18)に掲載された。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「アカスリ半田劇場!」がまた(三度目)スポニチで連載されるようだ。
今回は「帰ってきた! アカスリ半田劇場!」①とある。
タイトルは、「トップを攻め落とす営業力でチャンスを」

第一回の時は全6回連載だったので、今回もそれくらいになるのだろうか?

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by 2nike | 2015-11-19 17:36 | 半田晴久

「精気」「気力」「神気」を後天の三宝という。これをより充実させるためには四忽主義を取り入れる。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


ここでいう「四忽主義」については大天運に詳しく書かれており、次のエントリーでも紹介している。
儒教の根源の根源となっている名文「道心これ微かにして、人心これ危うし」と、四忽主義との深い関係と意義

私なりの解釈であるが、精・気・神を損なわないようにするためには、男性ならば精を漏らしすぎることなく、怒りやねたみの感情などを発することなく、時間を見つけて清々しい神社を参拝する、というところであろうか。そして四忽主義の実践。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

自力を発揮し、運気を強くするために欠かすことに出来ない要素が三つある。
・精気
・気力
・神気
この三点をそろえる必要がある。これを後天の三宝という。

人間の生命とは何かと考えるとき、この精・気・神の三要素からみていくとわかりやすい。

もう少し具体的に三要素を説明しよう。
精気。
これは精力である。男性の場合は、性的能力そのものを指す。

人間を動物として捉えれば、性的能力が優れたものが繁栄するが、知的存在として捉えればその通りではない。とくに二十代、三十代の男性は、性的生活に走らぬよう心がけ、内なる充実感を保ち続けることが大切である。そのことが集中力を高め、自分の能力の壁を破って新しい才能を引き出し運気を強大にすることに関わってくるのだ。

誘惑に負け一時の快楽に日々身をまかせて自堕落な生活をしたり、刺激的なことばかりに目を向けると、精気はしだいにおとろえていく。

また、不快な人間関係の中にいたり、あるいは、金銭のやりくりに神経を使ったりしていると、いつの間にやら精力を減退させる。銀行員の戒めに「朝立ちせぬ男に金貸すな」という言葉があるが真実を捉えている。

ゆがんだ心、悲しい心、怒りやねたみの感情などに支配される者は、すなわち、人間としての気力や活力を失う。

神気とは、自然界にある発展的な生命力のことである。人知では計り知れない霊験微妙なひらめきとか発想とか天運というものは、この神気(かむけ)をうけることによって生ずるものなのだ。

したがって、才能を伸ばし強運を得ようと思うならば、精・気・神を損なわないようにすることである。

経営の神様といわれた故松下幸之助氏も、精進努力とともに「神気を受ける」ことに注意を払っておられたという。

このような後天の三宝をより充実させるためには、四忽主義を知り、それを取り入れることもよいだろう。





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by 2nike | 2015-11-17 19:45 | 絶対運

”善なる待機”とは、精進と必死の努力の結果を、心楽しく待つこと。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


私の経験からも、転職や起業など大きな人生の転換期では、必死で精進努力して三年くらいかかるという感覚がある。「善なる待機」であり、人によっては深見東州氏の講義にあるトンネル修業に該当するかもしれない。大きな「善なる待機」に出会ったとき、初めての人は戸惑うかもしれないが、三年というスパンで物事を見ていくと、心楽しく待つ余裕も生まれるのではないだろうか。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

この書でいう「公害人間」とは、他人を不幸に巻き込む毒の気をまき散らしている人。見分けるコツは、
・暗い表情、暗い声。
・皮肉と愚痴と批判的発言(一見頭脳明晰、シャープに聞こえる)。
・笑いを忘れてきた人。

自力をつけるために、これまで次のようなことをみてきた。
●公害人間になるな、近づくな。
●まず、現在の悩み・不安から解放されよ。
●日常生活の中で禅の境地を体得せよ。それが本当の力を養成する。
●そのためには、只今に生きよ。

そこで、さらにもうひとつ自力を得るために心得ておかなければならぬことをつけ加えておこう。
「善なる待機」

待つという忍耐力をつけろという意味である。才能の開花にはある程度の時間が必要であるし、開花した才能が社会に認められるには、やはり、その機が熟するのを、じっと耐えて待つ必要がある。

待つ。

それは前向きで夢があり、飛躍のための機会を待つのであるから、”善なる待機”というのである。けっしてタナボタや、あるいはたんなる僥倖を待つのではない。精進と必死の努力の結果を、心楽しく待つのである。

大きな幸運とそれを実現する才能、六ヶ月、一年、二年、三年と、小さな運と能力なら二、三日から一、二週間ほどと、やるべきことに精進・努力・集中していると、なぜか自然におおよその時期がわかってくる。

では一体どれほどの時間を待てばいいのか。本人の存在にかかわる重要な才能の開花、その開花をうながす幸運を得るには、一年から三年の間、ただ今やるべきことに集中・努力・精進することが必要だろう。日常生活の中で幸運に恵まれてないと思っても、ともかく心楽しく待ってみる。いつの間にやら、あなたは幸運に取り巻かれているはずだ。




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by 2nike | 2015-11-16 21:25 | 絶対運

目前のどんなことにでも没我没入することこそが、挫折・悩みからすみやかに立ち直る最大の近道。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


ここで紹介されている「淮南子(えなんじ)」は、前漢の武帝の頃、淮南王が学者を集めて編纂させた思想書。老荘思想に貫かれている。

咀嚼力を身につけ、強靱な心を自分のものにするには二つの方法がある。ひとつは、とらわれの心を捨てて無心になること。この無心になるテクニックが禅である。もうひとつは目前の身近なことに集中して、頭で考えず体を動かして即実行することである。

このうち、植松愛子先生が説かれたのは、「目前のできることをしたほうがいい。ただ今、ただ今のこの一瞬に生きることをせよ」である。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

禍と福とは門を同じくす。利と害とは隣りをなす。(淮南子)

思いあたることがおありだろう。
わざわいも福も同じ門から来るのであって、人がこれを招くのである。もっといえば他人がではなく、自分自身が招いているのである。また、利と思うものは反面に害を招き、害と思うものは他面に利となることが多い。

だから、われわれはものごとを頑固に一面からのみとらえないで、あらゆる角度から理解できるという咀嚼力を身につける必要がある。

この咀嚼力の弱い人は、心のバネも弱く、もろい。当然のことに運気も乏しい。

では、どうしたらしなやかで靱(つよ)い心を自分のものにすることができるのだろうか。挫折や落ち込みから自力でどうしたら脱出でき、勢いを盛りかえすことが出来るのだろうか。

悩みとか落ち込んだ心の状態というのは、一つのことにこだわっているからである。そのこだわりをなくし無心になるテクニックが禅なのだ。

人間、自然に湧いてくる念を消し去って無心になることは、そう簡単にできるものではない。念を消そう、消そうとしても、そう思うこと自体がさらに大きな一つの念であるために、いつまでたっても無心になることは不可能なのだ。

禅では、「念はでるにまかせてそれにこだわらず、一つの真言(マントラ)に軽く注意を向けよ」と指導している。こういった状況を維持しているうちにその真言すらも忘れてしまっていつしか無心(空)の状態になっているというのである。

とはいえ、坐禅を組むことが、最善の方法であるというわけではない。

わが師・植松愛子先生は次のように説く。
「いろいろな念を消し無になることによって、新しいエネルギー、新しい智恵を得られるというならそれはそれで結構・・・・・・でも、無心になるまで一体どれだけ坐禅を組んでいなければならないのだろうか。それよりもいま目前のできることをしたほうがいい。ただ今、ただ今のこの一瞬に生きることをせよ」と。

目前のどんなことにでも没我没入し、その一瞬一瞬に生命を燃焼させることこそが、もてる自力を最大限に発揮でき、他力をも呼びよせ、挫折・悩みからすみやかに立ち直る最大の近道なのである。





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by 2nike | 2015-11-14 22:24 | 絶対運