<   2016年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

白山比咩神社(2)「戦後、御当番が回ってきた白山菊理媛様」

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


白山比咩神社の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「戦後の『神の仕組み』」

本文の「神の仕組み」を解説されているカ所は、とても味わい深い。ワールドメイトで学んでいると感じることだが、愛のない予言を外したり、人々の赤誠の祈りに応えて災いを回避するなど、これらは神様が途中で筋書きや台詞が書き換えている人間ドラマや歴史ロマンなんだと思うと、感嘆の極みである。

「神霊界から用意された、地上における人間ドラマや歴史ロマンの筋書き、あるいは脚本」である。結論は同じでも、途中で筋書きや台詞が書き換えられたりするお芝居の脚本のように、一層のふくらみと遊びと間があるのが、「神の仕組み」である。


以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

ところで、冒頭に述べた戦後の神の仕組みの中心神域であることについて、若干述べておこう。

読者の中で、こういう分野について詳しい方ならご存じだと思うが、時代によって吉野信仰、熊野信仰、金比羅信仰、戎信仰、宗像信仰、八幡信仰などというように、その時代を代表する神社や信仰の形態があり、それが時代の変化とともに常に推移しているのである。それは、単なる偶然による流行すたりに過ぎないものなのか。それとも、神界からの深い御計らいによるものなのか。

今までの、私のすべての著書を読まれた方なら、すぐにおわかりのことと思うが、尊い御計りによるものなのだ。それは、いわば日本の神界で行われている、「神々の当番制」のようになっていて、その時に御当番になっている大神社のご神霊には、宇宙の祖神であり、元神であるスの親神からの大権限が委譲されている。

そして、その御当番にあたっているご神霊に対して、日本中の大神社のご神霊が加勢されるのである。御当番の神様は、一体どのような基準で決められるのかといえば、まず、そのご神霊の個性なり基本的な神界の役掌が、その時代の主神のご神業のニーズにあうかどうかで決まる。

次に、その時代の仕組みがなされる地域や、その時代の仕織(ドラマ)に現れるヒーローのキャラクター、そして、その人の御魂や先祖らとの神縁や神契などによって決定されるのである。

「神の仕組み」を一言でいえば、「神霊界から用意された、地上における人間ドラマや歴史ロマンの筋書き、あるいは脚本」である。結論は同じでも、途中で筋書きや台詞が書き換えられたりするお芝居の脚本のように、一層のふくらみと遊びと間があるのが、「神の仕組み」である。

また、「仕織」という言葉も同様の意味であり、これがわからないと、神社やご神霊の当番制の真意やその背景も理解できないだろう。そういう背景があって、戦後は白山菊理媛(はくさんきくりひめ)様に神の仕組みの当番が回ってきて、白山神域が日本神霊界の中心的な役割を果たすようになったのである。

菊理媛は、別名ククリヒメとも申されるが、ククリとは、結びつける働きを指している。なお、この結びつける力については、神のお許しを得たうえで、時期がくればもっと詳しく読者諸兄にお教えしたいと考えている。

時代によって、神の仕組みを担うご神霊は交代するが、いかなる時代にいかなる神霊が、仕組みの当番として前面に現れようと、日本民族、日本国家、そして皇室の命運に関しては、伊勢神宮に坐す天照大御神の管轄にあり、その仕組みは永久に変わることがないのである。



※本文にある「ス神(すしん)」の「ス」は、「○」の中心に「・」を入れた表記が正しいものだが、便宜的に「ス神」とした。


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by 2nike | 2016-02-26 23:31 | 神社で奇跡の開運

「アカスリ半田劇場!」がスポニチ(2/24)に掲載された。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「帰ってきた! アカスリ半田劇場!」⑥
タイトルは、「なによりも根性!『関西型』で取引先を攻め落とせ」

アカスリ半田劇場の「帰ってきた」シリーズは6回目となる今回が最終回。今回は商売がテーマであり、「帰ってきた」シリーズ1回目も商売がテーマだった。1回目の「トップを攻め落とす営業力でチャンスを」と、今回の記事を合わせて読むと、半田晴久氏の考える営業力は、まさに度胸と粘りだということが伝わってくる。

●「関西型」を攻め落とすには、「取引してくれるまで通う」覚悟が必要です。大きな相手には、100回訪問して取引できなければ、その時点で縁がなかったと思うのです。20回~30回の訪問は、訪問のうちに入りません。

●営業の目的は「取引してください、仕事をください、もうけさせてください」しかありません。それをモロに言える人は正直な人、誠実な人、熱心な営業マンだと相手は思います。しかし、それがなかなか言えないのです。それを、ためらいなく言えるのがプロです。

●関西での美徳は、なによりも「根性」です。関西での「根性」とは、正面から本音でぶつかる「度胸」と、何度断られても挑み続ける「粘り」です。この2つがあると「あんた、ええ根性してるなあ。気に入った。取引したろ」となります。



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by 2nike | 2016-02-24 17:02 | 半田晴久

白山比咩神社(1)「白山は御魂の故郷であり、戦後の神の仕組みの中心をなす大神域」

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


白山比咩神社の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「恐ろしく厳しく、最も有難い命の水の親神」

●白山神界とそこにおわす神々は、スケールが大きくて奥深く、しかも極限の透明感をもつ空恐ろしいほどに厳しい存在。
●しかし、敬遠することはない、それだけはっきりとした神力と霊験を顕される神様であり、本当は最も有難い神様である。
●正神界の神様とは、神に向かう人のレベルと内容と至誠に合わせて功徳を授けてくださる。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

「白山は御魂の故郷(ふるさと)であり、戦後の神の仕組みの中心をなす大神域である」と記しても、一般の読者には訳がわからないだろう。そんなことよりも、いかなる「お陰」がいただけるのか、早く知りたいと考えている人が多いに違いない。

だが、白山の持つ、とてつもなく偉大な全容を知ることなくして、個々の功徳を求めることはできない。全容を知らなければ、功徳の原点にある法則や、中心に坐(ま)します神霊と、真に感通することができなからだ。

そしてまた、真に感通することができずして、そのご神徳を縦横無尽に取り次ぎ、自己の向上のために自在に活用することができないのである。

白山の全容を捉えるには、よほど広い角度の視野を持たねばならない。白山神界とそこにおわす神々は、スケールが大きくて奥深く、しかも極限の透明感をもつ空恐ろしいほどに厳しい存在なのである。

ところで、一般に恐ろしい神様、厳しい神様というと、思わず敬遠したくなるのが人情であるが、本当はそうではない。それだけはっきりとした神力と霊験を顕される神様であり、本当は最も有難い神様なのである。

恐ろしい、厳しいというのは、俗の思いや煩悩の雲に対するご神霊の動きが、速やかであり、徹底しているということだ。一分のスキも許さない、だからこそ完全なものができあがる。人に神を取り次ぎ、己に対して厳しく立ち向かい、技量を完全なものにしたいと欲する者にとって、それは、この上もなく有難いことではないだろうか。

しかし、そういう神の大愛を、いったい幾人の人が欲し、喜んで受け入れるものだろうか。数としては、決して多くないと思う。正神界の神様は本来、強制や強要をなさらないものである。ただただ、根気強く説いて、各人の自覚と発願を待つのみである。だから、私も一切の強要と強制はしたくないのだ。

ワールドメイトという会員組織にしても、そのあり方を断固として貫いている。ただし、すでにしっかりした自覚と発願を抱き、信仰心が燃えさかっている人に対しては、厳しさも善として吸収されるので、私が率先垂範して、本当の白山の厳しさと恐ろしさと、ものすごい大神威発揮するすばらしい道を教えている。

会員でも、人を選んで教えているのである。それが、白山神法悟得会である。だがしかし、一般の読者はそこまで向かう必要はないと思う。神社が発表しているように、白山は命の水の親神様であり、報恩感謝の気持ちでお参りになれば、決して恐ろしいことも厳しいこともないのだ。

ただ、驚くばかりの霊験を発揮されて、功徳を授かることになるだろう。正神界の神様とは、それに向かう人の、レベルと内容と至誠に見合った分だけしか動かれないからである。それが真の平等であり、神の愛の発露であるといえよう。




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by 2nike | 2016-02-23 21:12 | 神社で奇跡の開運

すわ一大事の時に諏訪大社に祈願する

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


諏訪大社の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「アルプス連峰は世界を代表する大神界」

「ワールドメイトブログ 豊かな人生を」さんの「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月6日後半に、諏訪大社のことや、みすず学苑の由来などが書かれているので、少し引用させていただきたい。

ミスズという音は、信濃の国の枕詞なんですね。みすずかる信濃の国にます・・・・・・。
諏訪大社にいったときに、みすず学苑をつくっていく財政的援助をしてくれて、やろうよという気運が出た。これは諏訪大社の無から有を生む神様。

だから、すわ一大事の時に、会社が倒産してこれからどうやったらいいかとか、初めて会社をする時にどうなのか、あるいは逆に、選挙で落選してこれから一からやるというような時には、そういうときは諏訪大社に行くと、本当にすわ一大事なんで、ぶわっとこの、諏訪の龍神さんのようなかたちで、柱が立ってくる。


以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

本州を横断する中央地溝帯中央部に位置する断層湖、諏訪湖。この湖をはさみ、南北に上社と下社とが鎮座しているが、これを総称するのが諏訪大社である。私がもっとも多く参拝してきたのは、この諏訪大社と箱根神社である。

諏訪も、箱根と同じく生き生きとした大自然の中に壮大なる大神霊界を形成している。

諏訪の背後にそびえ立つ南北のアルプス連峰は、日本と世界を代表する大神界であり、諏訪の神々はその神界の入り口を取り締まっている。諏訪大社は長野県の一之宮という地位にあるが、それは、圧倒的なスケールと峻厳さを誇るアルプスのある長野県という、日本一の神霊磁場をあずかる一之宮ということだ。

アルプス大神界の霊気は、皇室をお護りする偉大な力を秘めており、皇室に異変が起きそうな時には、「すわ一大事」とその大神力を発揮されるのだ。諏訪に発するご神力や龍神信仰の背景となるのが、このアルプス大神界の大霊気であり、大霊力なのである。

遠い昔より日本には、スワ族とミワ族という二つの霊系集団があった。スワ族とは、諏訪大社の神系にまつわる御魂をもつ人々であり、ミワ族とは、三輪大社の神系にまつわる御魂をもつ人々のことだ。この二つは、ともに宇宙の中心大祖神を祀り、日本と世界との神霊的なパイプ役を務める皇室の側近くにあって、皇室をお守りしている御魂の霊統なのだ。

両族の関係を歴史の上で見てみると、統一国家を成立させんとした時の推古天皇はスワ族で、聖徳太子はミワ族である。南北朝の動乱期に、正しい皇統を守るべく立ち上がった新田義貞はスワ族で、楠木正成はミワ族であった。また、明治維新の動乱期にあっては、山岡鉄舟はスワ族で、西郷隆盛はミワ族であった。

では、現代はどうか。遺憾ながら、スワ族、ミワ族ともに、往年の力を発揮しているとは言い難い。第二次大戦の敗北によって、天皇制が変貌し、神社が一宗教法人となり、日本の伝統教育が否定されたため、若い人々の御魂の中に存在すべき、惟神の道の精髄が廃れようとしている。

現在、国際化の波の中でわが国は大いに揺れ動いているが、新しく訪れる時代こそ、日本の時代なのである。その新しい時代を支えるのは、融和と協調を主とする古来よりの日本の思想である。その何よりの証拠は、EC(欧州共同体)の前身、EEC(欧州経済連合)の成立の歴史を見ればわかる。いわば、惟神の国日本の精神が、EECを生む発端と原点を作ったことになる。このような形で、融和の日本精神が世界平和と世界連邦政府樹立に貢献し、受け入れられるようになるのである。その日がまちどおしい限りだ。




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by 2nike | 2016-02-21 20:29 | 神社で奇跡の開運

箱根神社への理想的なお参りの仕方(2)

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


本文には、箱根神社の奥宮の天御中主之神はどのような神様であるか。また、箱根にお参りする三つのポイントが書かれている。
祈りのノウハウと神霊的な叡智こそが、神霊を動かす無形の如意宝珠(にょいほうじゅ)となる。箱根にお参りする三つのポイントを念頭に置いて、そういう所でお参りをしているという強い自覚をもって、素直な気持ちで真心を込めてお参りをすること。そうすると、強い自覚が強い感応力となり、開運大祈願が成就する。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

はたして天御中主之大神と国常立之大神は同じ神様なのか。答えは簡単、名前が違うから、異なる神様である。ところで、神道ではよく同体異名(どうたいいみょう)という言葉を使う。同じ神様で、名前が違うだけだという意味だ。猿田彦や大国主之命には色々な名前があるが、名前が違えば働きが違う、働きが違えば姿が違う、衣装も顔もまったく違うのである。

だから、神霊界では同体異名というのは大変重い意味を持っていて、むしろ、同じ霊統を引くまったく異質の神であると考えた方がい。国常立之大神と天御中主之神との関係も、実はこういう関係なのだ。

では、天御中主之神とは、どの次元を治める時のス神のことを言うのか。答えは、太陽、水星、金星、地球、月、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の太陽系の十一個の星と北極星と土星の輪を統括するときの御名である。

この神様が、箱根神社の奥宮に降臨されているのだ。優しいお顔で質素なご神姿をしておられる神様だが、数種類のお顔に変化して、お働きの自在性を発揮されるのである。詳しい事については天界の機密事項なので、世の為人の為、神の道に生きると決心した方にしか、正確にお伝えすることは許されていない。ご了承願いたい。

また、俗に箱根権現と申し上げる時には、彦火火出見之尊(ひこほほでみのみこと)が現れて、勝負に勝たせる神となって、お出ましになる。これも、その神との神霊交流を自在で容易にする為には、ご神名の霊的解義、神姿の正確な描写、ス神から賜与された正確なその神霊のお働きと役掌を知らねばならない。

そうしてはじめて、その神霊と一つになって、神霊運用の妙を発揮することができるのだ。その神の真を得てはじめてそのご眷属のパワーも活用して、万人を幸せに導くこともできるようになる。

「箱根にお参りする3ポイント」
●箱根は箱根の山々峰々、小川のせせらぎをはじめ、雄大な芦ノ湖を御手洗池として、それらすべてが神域。さらに、ご神霊に引率される龍神群、天狗群、蛇神群などのご眷属の数も量も圧倒的に多い。(霊威、霊力、成就力の実際は、ご祭神の神格もさることながら、ご眷属の種類と数量に負うところ大)

●国家の神仕組の方向として、天皇陛下が京都から東京に移られた後、皇室と日本国の中枢を守らんがために、国常立之尊はその系統の神々とともに、この箱根神域を中心にその和魂力と奇魂力を発揮され、国家の守護と国政の仕組みを陰から導かれている。故に、至誠で祈り向かえば、天下国家を動かす神力を授かることができる。

●太陽神界から直接に降り来たる神界が、富士山を中心とした富士神界であり、これはフの働き、つまり「増える、殖える、吹き上げる、笛吹く、布す、噴き出す」という陽の働きの神界。この箱根神域には、陰の働きをする神仙界がある。
・ハコネ・・・神様の道を極め、己を霊的に見つめ直すことで、神仙の世界へと私たちの御魂を運んでくれるハコフネ。
・ハコフネからフが抜けてフがフジになり、ハコネになった。
・ハコフネ→方舟。正しい方向に国家や私たちを導いてくれる霊的な存在と働き。

その他にも、色々な言霊解釈が成り立つが、こういうことを霊的解義とか、神霊的咀嚼力というのである。皆さんにはわかってもわからなくても、なんとなくそうなんだと信じてお参りするだけで、神霊感応力は断然すぐれたものになるはずである。祈りのノウハウと神霊的な叡智こそが、神霊を動かす無形の如意宝珠(にょいほうじゅ)となるからである。

※本文にある「ス神(すしん)」の「ス」は、「○」の中心に「・」を入れた表記が正しいものだが、便宜的に「ス神」とした。




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by 2nike | 2016-02-19 20:38 | 神社で奇跡の開運

箱根神社への理想的なお参りの仕方(1)

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


箱根神社の開運の秘訣と霊的解釈について、次のように整理した。

●箱根神社には、三神が祀られており、駒ヶ岳の頂上にある奥宮には造化三神が祀られている。
●色々な神々のご神名とは、全てスの神の働きの一部や局面を物語るものであると考えてよい。ご神名こそが、そのカミの働きを物語るすべてであり、ご神名の言霊こそが霊妙不可思議なるその神の働きを表すすべてなのである。
●星や、全ての星雲、星座には主宰神と総称のご神名があり、それを霊的に体得し、知悉できてはじめて、宇宙神のお取り次ぎができ、その宇宙パワーにおける秘法も自在にやれるようになる。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

箱根神社というのは、一体どんな神様が祀られているのであろうか。ご祭神は天孫 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、その妻神 木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、その息子 彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)のご三神である。

そして、駒ヶ岳の頂上にある奥宮には造化三神が祀られている。造化三神とは天御中主之大神(あめのみなかぬしのおおかみ)、高皇産巣日之神(たかみむすびのかみ)、神皇産巣日之神(かみむすびのかみ)のことである。

天御中主之大神は「古事記」における万物創造の主神とされる神である。ちなみに、「日本書紀」では国常立之尊となっている。どちらが本当の主神なのか。このご神名の違いをどうとらえれば良いのか。読者の迷うところであろう。神道を相当深く勉強している人でも、はっきりとしていない人が多い。学術的にも、古文書を見ても、諸説紛々として明確でない。

私は植松先生から学び、ご神霊から直接教えていただいた事を言ってみることにする。宇宙創造神とは、「点」であり、、質量も体積も波動も神姿もないが、無ではなく、有の始まりである。それに働きが始まって、絶対権をもたれた状態がスである。スはあらゆる縦の次元界の始まりであり、横の力徳の広がりの主となる神である。それで、色々な神々のご神名とは、全てスの神の働きの一部や局面を物語るものであると考えてよい。

カミとは、火(か)と水(み)であり、陽(か)と陰(み)であり、男(か)と女(み)であり、日(か)と月(み)であり、縦(か)と横(み)なのである。即ち、森羅万象、顕、幽、神三界の働きを総称していうのである。だから、ご神霊というのはカミの働きの一部分であり、仏様もカミの一部分なのだ。そして、ご神名こそが、そのカミの働きを物語るすべてであり、ご神名の言霊こそが霊妙不可思議なるその神の働きを表すすべてなのである。

もう少し具体的に言ってみると、ス神が地球を主宰している時のご神名が国常立之大神であり、地球の御魂の働きを総称して言うときが、素盞嗚大神(すさのおのおおかみ)と申し上げるのだ。太陽の場合は、主宰神のときが天照大霊女貴之大神(あまてらすおおひるめむちのおおかみ)であり、太陽の御魂の働きを総称して言う時が、天照大御神である。そして、銀河系宇宙の働きを総称するという次元になれば、菊理姫之大神(きくりひめのおおかみ)と申しあげる。

この銀河系を創造された祖神が太陽を通じてお働きになる状態を天照皇大御神と申し上げて、「皇」の一字が入るのだ。「皇」とは「スベル」であり、「スメラ」である。また「皇神(すめかみ)」であって、宇宙を「統(す)べる」という意味が含まれている。

このように、月も水星も、金星や、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星をはじめ、全ての星雲、星座には主宰神と総称のご神名があり、それを霊的に体得し、知悉できてはじめて、星や星座の神霊界を自由自在に行き来でき、その宇宙パワーにおける秘法も自在にやれるようになるのである。

むろん、ご神名だけではまったくだめであるが。さらに、その神霊界に行き、そのご神名の時に現れる神姿にお目にかかっていなければ神人一体となった神通力はふるえない。さらに、神霊の発する妙の言霊が自由自在に使えて、投げて、受けて、また、ご神霊に投げ返すということが出来なければ、天津神や正神界の全ての龍神、天狗、宇宙波動の使い分けはできない。私の三百種類を超す秘法は、すべてこれらの組み合わせによってはじめて可能となる。

※本文にある「ス神(すしん)」の「ス」は、「○」の中心に「・」を入れた表記が正しいものだが、便宜的に「ス神」とした。





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by 2nike | 2016-02-18 17:51 | 神社で奇跡の開運

今日のスポニチに、たちばな出版広告「たちばなビジネスコレクション」が掲載された。

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


前回のたちばな出版広告についてのエントリーは、
朝日新聞に、たちばな出版広告「自由なる心が、何でも創造するルネッサンスマン!!」が掲載された。
前回は、東州アートカレンダーや絵画、書、図録などの紹介だったが、今回はビジネスコレクション広告。

深見東州氏のコメントは以下のとおり。

著名なカリスマ経営者は、ドグマや教派にとらわれない信仰を持ち、それを心のよりどころにした人が多い。具体例は豊富ですが、それは講演や著作で紹介しましょう。

カリスマ経営者として知られる深見東州も、25歳で大学受験予備校を創業。28歳で時計会社、36歳で出版社、観光会社を創業した。さらに、37歳で海外の家具屋、ヨットのマリーナ、ホテルを買収し、国際的ビジネスマンになった。こうして、信仰に基づくチャレンジを続け、全てを成功させている。

何教であるかは関係ない。普遍的な信仰に基づく、経営者のあり方を解説するのが、深見東州のビジネスコレクションです。楽しくて面白いので、読んだらとまりません。まるで、バターピーナッツのようです。



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by 2nike | 2016-02-17 17:20 | 深見東州

伊勢神宮への理想的なお参りの仕方

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伊勢神宮の奇跡の開運の秘訣と霊的解釈は、
「現実界の一切について情感を振り絞って祈る」

伊勢にお参りする最も重要な意義とは、
「日本という国体の主幹たる、皇室の奥之院に参らせていただく」
「太陽神界からのパイプが直降している、崇高なる神域に足を踏み入れる」
ということ。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

ふつう伊勢にお参りをするときは、外宮(げくう)・内宮(ないくう)の順序で参拝するという慣わしになっている。外宮と内宮との距離はちょっと離れているが、どちらかだけのお参りをする人はあまりいない。しかし、多くの人は外宮も内宮も同じ気持ちで拝み、同じように願い事をかける。実は、これでは決して理想の参拝であるとはいえない。外宮と内宮の霊的意味をふまえた参拝であるとはいえないからである。

外宮とは、本来内宮に鎮まる天照大御神の御饌御食津(みけみけつ)物を調える神として、丹波の国から、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の要請によって招かれた神様である。

ところで御饌御食津とは何か。神様の衣・食・住全般のことをいうのである。だから、このことを考えてみるならば、外宮の神様のご性格が浮き彫りにされてくるだろう。そう、この現実界で生活をするために必要なものを、一切調えてくださる神様なのである。

そうなると、この神様にはどのような祈り方をするのが正しいか、また、どのようなお祈りならかなえてくださるかが、自ずからおわかりになると思う。

現実界に密着した祈り、自分の生活面での祈り、家事、人事、仕事などに関すること一切をご祈念申し上げればよいのである。

実は、この外宮に坐す豊受大御神様とは男神であり、地球神界の主宰神である国常立之尊の幸魂(さきみたま)と和魂(にぎみたま)との合体せる神魂のことを申し上げる。

これも、他の文献に出ている訳ではない。「天御中主なり」とする文献や、「国常立之尊」とする文献もなくはないが、そんなに詳しいものではない。すべては伝家の宝刀「直接神霊にお伺いする」ことで判明したことである。

内宮も外宮も含めて、伊勢神宮にお参りするときの最も大切な心構えとなるものだが、伊勢にお参りする最も重要な意義とは、「日本という国体の主幹たる、皇室の奥之院に参らせていただく」ということであり、「太陽神界からのパイプが直降している、崇高なる神域に足を踏み入れる」ということなのである。

そう思ってお参りすると、そういう霊的作用が働くということを忘れてはならない。前者の意義を知って参拝すれば、「皇神(すめかみ)」(宇宙を統べる主神)が動き、後者を知って参拝すれば、太陽神界の神々がすべて動かれるのである。むろん、両方思って参拝するのが最高である。

ところで、伊勢神宮の神域は、広大であり、五十鈴川にかかる宇治橋から視界に入るすべての景色、すべての樹木は、これすべて伊勢神宮の所有するもの。お米も塩も布も、伊勢神宮からすべてとれる。一部を除き、ほとんど、一切自給自足でまかなっているのである。

この神領、この神域こそが大切なのであり、太陽神界にある中枢神府を霊的に移写せるものなのである。内宮とは、いわばその中の中枢であり、大つぶの玉砂利の敷きつめてある御垣内とは、そのもっとも中心となる至聖至高の神域なのだ。

このことがわかれば、前述の如く、このことがわかったようなお参りのやり方をしなければならない。そうすれば、単にお参りして拝んだときと比べると、十倍以上も神霊感応力が違う。もちろん、お陰の出方も強く、大きく、鋭くなる。

では、どういうお参りのやり方が理想的なのだろうか。
一言でいえば、「感性を豊かに鋭敏にした真心のお参り」がいいのである。




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by 2nike | 2016-02-16 21:44 | 神社で奇跡の開運

誠の五段活用が神様を動かす誠のノウハウ

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


「わざわざ、早速、何度も、菓子折り持参で、丁寧に礼儀正しく」
これが誠の五段活用であり、神社の神様を動かす誠のノウハウとなる。
これは基本原則であり、応用法則は無限にあるとのことだ。
以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

ここで、私が常に勧めている「正式参拝」のことをお話ししたい。
「正式参拝」とは、「心願成就」とか「事業繁栄」といったようなお願いごとがある時、ご祈祷所に行き、三千円か五千円、あるいはそれ以上の金額をお玉串として差し出し、神主に祝詞をあげいただき、神社によってはお神楽なども上げていただいてお参りすることである。

逆に、「正式参拝」に対して「チャリンコ参り」といわれているものがある。お賽銭箱に五十円玉や百円玉をチャリーンと入れて、「パン、パン!」と手を合わせるかわいいものだ。

「親切は人のためならず」という諺は、「親切をすれば、それはやがて必ず自分に返ってくる」ということである。これは『論語』の「徳は孤ならず、必ず隣あり」から発展した諺であろう。自分のしたいい事は必ず自分に返ってくるのであれば、思いきっていいことをした方がいい。そうすることによって、自らの成長にもつながるのだ。

少なくとも神社の神様に対しては、チャリンコ参りよりも正式参拝の方が数十倍もいいことなのである。しかも、一般的な親切よりも、何倍も早く、確実に自分に返ってくる。

なぜ、「正式参拝」が大きく返ってくるのか。これは、改まって威儀を正した参拝であるからだ。一般社会でも同じだが、「改まる」ということは、必要不可欠な生活の礼儀であり、知恵でもある。会社の社長に仲人を頼みたい時、いくら親しい仲だとしても、それだけの労をかけるのだから、電話一本で済ますわけにはいかないであろう。

「親しき仲にも礼儀あり」とは良くいったもので、頼みごとがある時は、それなりの正装をして、菓子折を手にお宅まで伺うことで、相手に誠意が通じて快く思ってもらうことができる。さらにいえば、人間関係の道筋を通すことにもつながるのだ。

こちらが改まって頼めば、相手も改まって応えてくれる。このことが世の中の常であるように、神様との交流においても、まったく同じことがいえるのである。以上のことから、「正式参拝」は、改まった頼みごとの時に行くものであることが、おわかりいただけたであろう。

もちろん、何事もなければ「正式参拝」の必要がないのかと言えば、決してそうではない。むしろ、何もない時にこそ、「正式参拝」をぜひとも実行していただきたい。普段から感謝の気持ちを丁寧に表しておくと、いざという時に、絶大なるお力を授けてくださるからだ。

頼みごとがある時だけ行くのと、常日頃から挨拶をしておくのとでは、神々のその人に対する評価が全然違う。みなさんも人間関係の経験上、その事はよくおわかりになるだろう。

私は、私の主宰するワールドメイトの会員に、少なくとも旧官幣大社や中社、または一之宮の近くで仕事があったり、旅に出かけることがあったなら、まず身なりをただして「正式参拝」するように勧めている。そうすると、神様が先に立って仕事や有意義な旅行を導いてくださるし、元気はつらつとした神徳と運気の貯えができるのである。ちょっとした心掛けと習慣なのであるが、これが神社で開運する大きな秘訣の一つになっているのである。

以上をふまえた上で、誠の五段活用を考えてみたい。

私が数十年間神社の神様に熱烈に親しみ、よく誠が通った時と、あまり誠が通らなかった時を、体験上から冷静に分析して比較してみた。そして、神様がよく誠として受け取ってくださり、強く神様が反応して、すばらしい功徳を与えてくださった順に事柄を並べてみると、次のようになる。

「わざわざ、早速、何度も、菓子折り持参で、丁寧に礼儀正しく」

これが、誠の五段活用である。この五段活用をもう少しわかりやすい言葉に換えてみよう。

一(イチ)いつも心にとめ、
二(ニ) にわかに、
三(サン)再三、
四(シ) 失礼にならぬよう、
五(ゴ) 御丁寧にと言われるように、




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by 2nike | 2016-02-14 20:46 | 神社で奇跡の開運

信仰心、愛念、秩序、調和、平和の心について

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


愛念のところで、愛念といい霊界に行くための心の三条件について触れているが、説明は省かれている。この点については、以前のエントリーが参考になるのではないだろうか。
ワールドメイトの先祖供養のお取り次ぎが終了した。極楽浄土に行くための心のポイントとは。

以下は深見東州氏の著書「神社で奇跡の開運」より。

【信仰心】

たとえば、美術家にとっての景色の美、形の美、音楽家にとっての音の美も立派な神様なのだ。宇宙創造神の美の側面をとらえているからだ。

神様が持っている真、善、美の一部を、その人が憧れ敬い、生涯かけてそれを会得し表現しようとすれば、それはもう立派な信仰心である。

科学者にとっては、宇宙と自然の真こが信仰である。

では、宗教とは何なのかというと、善の道を追求することである。

どんなに有難いお経や呪文であっても、ただ唱えればいいというものではなく、その人が真の道を尋ね、善の道を極め貫かんとしている前提があって、はじめて経や呪文に妙力が現れることを知らねばならない。逆にいえば、どんな宗教を信じていても、貫き通す精神のない人は、宗教はあっても本当の信仰心はないことになる。信仰心とは、このように広く大きく神というものをとらえて仰ぎ、信じて貫き通す精神のことをいうのである。


【愛念】

キリストは、神は愛なりと言ったが、愛というのは抽象的で意味が大きすぎ、実際にはなかなか掌握できるものではない。そこで、イエスはまず隣人への愛から為せ、と説いたのである。神に通じ、神そのものである愛は、私達一人ひとりの中にその芽がねむっている。

それが愛念という念であり、情感なのである。

隣人への愛というのは、別な意味で表すならば、自らに内在する普遍の愛、そして神なる存在を、愛念を、隣人に対して向けて日々に出す練習をすることによって、一人ひとりが見いだすことができるということだ。

愛念とは、普遍の愛に進むための入り口なのである。


【秩序、調和】

神霊界とは、きちんと秩序だっているものである。春、夏、秋、冬と必ず秩序だってめぐってきて、天地自然の生成化育と自然淘汰の歴史を繰り返している如くである。

いいことをすればいい結果が生まれ、悪いことをすれば悪い結果がでるという秩序がある。この善因善果、悪因悪果の法則こそが、私達の運不運にかかわる一番大きな大秩序だといえよう。

そして、秩序が極まったものが調和である。また、秩序が縦、調和が横ということもできるし、秩序が中と律と法、調和が和と融合とバランスと考えてもよい。秩序も調和があってこそはじめて生きるのである。

調和があれば音楽でも絵でも人間関係でも、相乗効果が出てよりすばらしいものになる。科学と宗教の調和、神霊界と現実界の調和、東洋と西洋の調和、老人と子供の調和というように、調和があってこそ、別々の物事が一つにまとまって、互いを生かし合うことができるのだ。陰と陽の結びと解してもいいだろう。


【平和の心】

信仰心があり、愛念を持ち、秩序があり、調和がとれていても、戦争が起こる可能性がある。戦前の日本がそうだった。日本国民は天皇と神社を崇敬し、天照大御神と産土神をお祀りして、ビシッと秩序だって心を一つにしていたが、これがそのまま戦争へと走ってしまったのである。一つの国の中では、信仰心、愛念、秩序、調和があったとしても、国民と為政者に平和の心がなかったら、一致団結して戦争を起こすことにもなりかねない。

無論、戦争は相手があるからするのであって、火の粉が降りかかってきたら、払わざるを得なくなる。だから、世界の国々の為政者と国民が、平和の心を前に立てて、初めて戦争のない社会が実現されるのである。

戦争によって、通信技術、交通技術は非常に進歩発展した。文明、文化の進歩という点でとらえれば、戦争が善の一面を持っていたことは否定できない。しかし、殺戮は神様の御心に反する。

戦争を好む神様など、いる訳はないのである。

神は、世の進歩発展と、未来の理想社会建設のために、人々が本当の改心と反省をしてくれるその日まで、ただただ涙をのんで忍んでおられるのである。

一切は大愛なるが故である。

だから、人類の努力と叡智によって世界連邦政府が樹立され、地上からまったく戦争というもの種が根絶される日を、神様が一日千秋の思いで待たれていると考えればよい。その時こそが、平和の心の道が恒久に確立される時なのである。




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by 2nike | 2016-02-12 17:24 | 神社で奇跡の開運