目標に向かって努力する意欲がわかない、あるいは途中で努力を放棄してしまう、その原因は徳が足りないから

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


人徳、地徳、天徳については、無形の宝とは「徳と功候」。徳には「地徳」「人徳」「天徳」があり、善には失敗しやすいパターンが三つある
でも紹介しているので、ご参照あれ。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

目標に向かって努力する意欲すらわかない。じつはこれで多くの人たちが悩む。だが、この実状を掘り下げれば、「努力しても自力がでず、成果があがらない」のではなく、成果があがるほどの自力がでるまえに努力を放棄してしまうのだ。

しかし、「努力しただけ成果があがった」となると、もうしめたもので、次のステップに飛躍するのは、それほど困難なことではない。

では、なぜ努力する力を失うのか。

賢明な読者諸兄はご存じのように、徳が足りないからである。

成功の法則やツキを得るために著されたハウツウの出版物はいろいろあるが、この徳について正面からとりあげているのは少ない。想念の使い方など心の技術的なノウハウには詳しくても、それからのテクニックを支える徳を正しくつかまないと、現実的にはあまり得をしない。

この徳あるいは徳分によってあなたの自力運と他力運はどうにでもなる。つまり、徳分を積む量にそって、自力運が高まり他力運が引っ張り出されてくるのだ。

これまでどんなに成功するハウツウやツキを呼ぶ技術を学んでも、少しも成果があがらなかったとしたら、この”徳”に対する考えが欠落していたからだ。

では、徳をどうしたら積めるのだろうか。
まず、徳の三つの種類からみていこう。

人徳とは、自分自身を修養して高めている人格面をいう。その人物の人間的色あい、魅力をさしている。

地徳とは、前世において自分がどれほど徳を積んできたかという過去の徳分のこと。

天徳とは、神の道に生きようとする人間、根源的な信仰力をもっている人間に備わるもの。神仏に深く帰依しているとか、天のまさしき道を貫いて生きてきたとか、あるいは神さま仏さまに対して功徳をつみ信仰力を磨き錬磨し、一人でも人を救済してきた人は、天の徳が授けられている。

たとえば、天徳があっても地徳がないとすれば、あなたの望みは世の中で、結実・成就しない。「発想・ヒラメキは抜群だけど、どうも現実に役立たないんだよなあ」といわれるのがオチである。

地徳があって天徳がなかったらどうなるか。「あいつ、何やっても結構うまくいくけど、スゴイ発想で時代をリードするといった、叡智の香りみたいなものとはまったく無縁なんだよな。才能があっても、あれが限度だぜ」

人徳がないと、「たしかに彼は成功しているかも知れないけど、あんなに狡猾で悪辣だといい死に方しないね。みててごらん、そのうちポックリ・・・・・・」
こんな声が聞こえてきそうだ。

人間誰しも完璧な存在ではないが、少なくともどうすればそうなれるか、それに近づけるかの方向性がはっきりしたのであるから、今こそあなたの努力目標を徳を得る方向にピタリと定めることだ。




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by 2nike | 2015-12-07 16:52 | 絶対運
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