霊界や神界にも通用する財産とは何か

<ワールドメイトのリーダー(教祖)、深見東州(半田晴久、戸渡阿見)氏は、万能の活動と、ギャグ爆発の性質から、「出口王仁三郎2世」や「宗教界のギャグ王」とも呼ばれる>


この段が、本書のまとめとなるところであり、自力運・他力運といった二極から説かれたものを現実的にはどのように意識し方向を定めればよいのかがわかる。
これで完了といいたいところだが、最後の「あとがき」で補足している部分があるので、次回に「あとがき」を紹介して最終としたい。
以下は深見東州氏の著書「絶対運」より。

私が自力運・他力運といった二極から強運を説いてきたのは、それなりの私の願いがあってのことなのである。それは何か。長続きする幸せを得てほしいと思う気持ちである。長続きする真の幸せとはなにか、をとらえながらここで私は私の秘かなる思いをいまあなたにはっきりお伝えしなければと思う。

人間が生きるということは、現実の世界・霊界・神界の三極が深く相互にかかわりあっているのだから、この三極に通用する幸福を築きあげるべきではないか、ということだ。

現実も幸せであり、霊界でも幸せというのが長続きする幸福である。そして、生まれ変わり死に変わりして輪廻転生をくりかえすとき、魂が本当に喜び、また現実のこの世に受け継がれてくる永遠の財産、宝物は何かといえば、学問・芸術・信仰の三つである。

強運になるためには、「まず自力をつけよ」「自力運を高めよ」といったのは、自力によって得られる学問・芸術・信仰の力が長続きするものであり、それらが本当の高級神霊界、つまり天に通じて天運そのものをいただけるからだ。それが本物の幸運であり、幸福でもある。

神人合一した人の能力とは、禅でいう”見性成仏”のレベルのそれでもなく、密教系のいう”即身成仏”のレベルでいう神人合一でもなく、ましてやメディテーションなどでいう”宇宙意識”といったレベルではない。

たとえば、天津神、国津神、仏界、ヨーロッパ神界、インド神界、中国神仙界、あるいは極微神界など、大宇宙のあらゆる次元の神々と合一したレベルであり、かつてのモーゼや出口王仁三郎、弘法大師、日蓮上人、聖徳太子といった人たちのように、それぞれの時代を切りひらいていく偉大な霊的能力と現実的能力を兼ね備えていなければならないのだ。
そうした神人合一の道をめざす第一歩が、まず自力をつけることにあったのである。

「赤肉団上(しゃくにくだんじょう)に一無位の真人あり。常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ」

これは臨済義玄の言葉だが、そこに顕れる気魄は壮絶である。

人は誰でもなにものにもとらわれない絶対自由で純粋なもう一人の自分、真人がいるはずだ。それがお前の面(おもて)から出入りしているのがわからぬか、まだわからぬならばしっかりと看よ、看よとほえている。

神人合一をめざしてすすむ道に、社長も社員もない。金持ちも貧乏もない。地位も名誉も男女・年齢の区別すらなく、一切のこだわり・とらわれを捨てきって、至誠と愛念の純粋な内なる真人と一体とならなければならないのだ。

あなたがもし十代、二十代、三十代前半であれば、少々、我と慢心が顕れ出ようとも”勇猛”をもって自力を引き出すことに専念せよ。しかし、三十代後半、四十代以降となれば、築きあげた自力運をみきわめながら、他力運の開発に力を注ぐことだ。謙虚で愛念にみち、そして、体施・物施・法施のうち自分に一番ぴったりの徳分を積むことに意を払うべきだろう。そうすれば、おのずから強運を自分のものにすることができるのである。

自力運が即他力運となり、その他力運のなかに自力運がしっかり溶けこんだ真の強運が身についたとき、あなたは、絶対的な運の持ち主として、現世の社会のあらゆる難関を打ち破ることができ、また死してからも、幻妙に輝く魂となって、神のもとにつかえることができるのである。




ご来訪いただきありがとうございます。
ブログのランキングボタンをクリックしていただくと嬉しいです。
     ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ
ワールドメイトへ

by 2nike | 2015-12-31 17:21 | 絶対運
<< ただちに強い運を得ねばならない... カルマ解消には業を上回る徳を積むこと >>